見出し画像

【小説】私は空き家(西宮市築39年)2

2


5年前の秋、ご主人様の奥様が他界された。
以降、ご主人様は元気がなく、一人暮らしの寂しい日々を過ごされていた。
次第に体調を崩し、認知症の症状もあり、老人福祉施設に入所することとなった。
3年前の春のことだ。

その年の夏、ご主人様のいない家に、お子さんたちが集まった。
例年のお盆の様子とは異なり、お孫さんたちを連れず、各々は一人で帰省してきた。
長女、次女、長男、三女。
テーブルに会した姉弟たちはいつもの元気がなく、重苦しい空気。
施設にいるご主人様のことが心配な様子。そして、これからのことも……。

長女の“ふさ子さん”が口を開く。
「良い施設で良かった。スタッフさんも、みんな親切だし」
相槌を打つ皆々を見て、ふさ子さんは続ける。
「この家、どうしようか……」
親が住まなくなったこの家は、もう必要ない。言外にそう匂わせたふさ子さんの言葉に、場の空気はいっそう重くなる。

「お父さんが元気になったら、また戻って来るでしょ?」
そんな空気を断ち切るように、三女の“きよみさん”が明るく言う。
しかし現実として、認知症を患ったご主人様が一人暮らしをするのは危険である。施設への入所も、それが理由なのだ。

「そういう事を考えておかないといけない時期に来ているのかな……」
長男の“けんいちさん”が呟くのを聞いて、次女の“えみ子さん”が話し出す。
「私の勤務先にも、空き家についての相談がたくさん来ているみたい。家族の意見がまとまらないまま、放置されている空き家も多いんですって」
えみ子さんは近隣の市の役所に勤めている。
「意見がまとまらない……」
えみ子さんの言葉を繰り返して、けんいちさんが深い溜め息をついた。

『意見がまとまらない』 言い換えると『どうすることが最善なのか分からない』のだ。
皆、それぞれがこの家の法定相続人であることは知っている。それぞれの希望もある。

長女のふさ子さんは、この家を売却したいと考えている。出来るだけ早く売却したいというのが、本音だ。
自身のお子さんの進学などを控え、少しでも家計の足しにしたいと当てにしている。

次女のえみ子さんも、売却推進派だ。
使い道のない空き家を所有していても仕方がない、と考えている。
しかし時期については、「お父さんの帰る家がなくなるのは……」と、今すぐの売却には否定的だ。

長男のけんいちさんは温厚な性格で、あまり自分の意見を持たない。
姉妹たちからは長男として意見をまとめる役割を求められているが、そういったリーダーシップを発揮できるタイプでもない。
そうした優柔不断なところを次女のえみ子さんは良く思っておらず、事あるごとにに「けんいちは頼り甲斐がない」と苦言を呈している。

三女のきよみさんは「売却反対!」の一点張りだ。
思い出の詰まった大切な家を守りたい。「亡くなったお母さんもそれを望んでいるはず」と主張する。

いくら話し合っても、お子さんたちの意見はまとまらない。
皆、自分の考えや希望は主張しても、具体的な話はしない。
施設に入所されたとはいえ、ご主人様はご健在だ。不謹慎なことは言えないのだ。

「今日はもう遅いし、いったん持ち帰って考えよう」
長女のふさ子さんが告げて、話し合いはお開きとなった。
姉兄たちが帰路に就く中、最後に玄関の鍵を閉めて出て行った三女のきよみさんの表情は、いつになく物悲し気であった。

あの夏以来、姉弟がお盆に集まることがなくなった。
あれから3年。私は未だ空き家のままだ。



← 1
→ 3


『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

この記事が参加している募集

眠れない夜に