いまのようなむかしのような不思議な時代─『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』

はるか未来、あるところにシンデレラという人類の進化形・トランスヒューマンの少女がおりました。〈魔女〉から拡張現実ドレスを与えられた彼女はカボチャ型飛行体に乗り、お城の舞踏会へ向かいます。しかしその夜、空から宇宙最強の爆発・ガンマ線バーストの閃光が降り注ぎ――
「地球灰かぶり姫」ほか「竹取戦記」「スノーホワイト/ホワイトアウト」など、古典に最新の想像力を配合した童話改変SF全6篇を収録。

ハヤカワSFコンテストの受賞作は欠かさずチェックしているのですが,今回の優秀作.
本作は技術によって変質した「トランスヒューマン」の視点からみんながよく知るおとぎ話を語り直したらどうなるのだろうか,というお話.

連作短編集となっており,
「地球灰かぶり姫」,「竹取戦記」,「スノーホワイト/ホワイトアウト」は割合ともとのお話の骨格が残っていてわかりやすいが,

後半の「<サルベージャ>VS甲殻機動隊」,「モンティ・ホールころりん」,「アリとキリギリス」はもはやほぼ骨格はなくなっている.しかし,それぞれハードなSFの皮を被った読み心地の良い作品群になっている.ざっと感想をば.


「地球灰かぶり姫」

この世界ではすでに人類の多くは「肉体」という枷を捨てており,好きな場所に宿るのが普通になっている.いきなりの「トランスヒューマン」ぶり.
その中で,主人公である「シンデレラ」は珍しく「具体(肉体)」を持っている女の子.ある日,母親が亡くなってしまったことから,新しくやってきた継母の女とその娘たちにいじめられる日々を送る.

シンデレラの体には遠隔操作モジュールが埋め込まれ,姉たちが具体を使っているあいだ,シンデレラは頭の中に押しこめられることになりました.姉たちはシンデレラの具体を思うさま使い倒し,ボロクズに変えました.怪我や骨折は日常茶飯事,食事や睡眠を忘れることもしばしば.具体を使い慣れないトランスヒューマンは身体的感覚に乏しく,意図せず自殺行為をしでかしてしまうのです.

話の骨格は『シンデレラ』ながら使われるワードが「拡張現実」「微小機械」に「感情MOD」.そのアンバランスさを楽しみつつ読み進めていると,そこにガンマ線バーストの発生.
導入の話として,しっかり心をガシッと摑まされるような言葉群と展開でした.



「竹取戦記」

次に続くのが,みなさんご存知「竹取物語」.
導入は

いまのようなむかしのような不思議な時代,竹取の翁というものがいました.野山に押し入り竹をとっては,いろんな用途に供していました.

と,すでにここで「うん...?」となる.
そして,続くのが

竹は炭素でできています.カーボンの筒を高く伸ばし,地面の熱で暖められた空気を根元からとりこみ,上昇気流を中に通して,マイクロタービンを回してはエネルギーをとり出すのです.翁は竹の作る電気を拝借し,ときどきは竹を引っこ抜いて合成機関にぶちこむ材料に使い,あるいは竹のオルタナティブ遺伝子をハックしていろんなものを合成させたりしていました.

畳み掛けるようにすでに情報過多です.

 戦闘駆動で竹からの抵抗を切り抜けつつ,竹取りを行う翁の前に現れたのが「カグヤ」.
「カグヤ」の出自を巡って5人の貴公子たちが「ポストヒューマン」相手に立ち回り,果ては<帝>が現れ...と基本的に情報過多な本編ですが,通底には翁と「カグヤ」の親子愛がちらほら見えて,本作の中でも好きな方のお話でした.



「<サルベージャ>VS甲殻機動隊」

カニ,テナガエビ,シャコ,タダタダタダヨウガニからなる甲殻機動隊隊員たちがガンマ線バーストから数十年すぎて無人となった木星の第二衛星エウロパを探索する,というもはや話の原型が一切ない設定から始まるお話.

トランスヒューマンたちによってつくられた彼らはトランスヒューマンたちに反旗を翻し,独立して生きている.その探索中にトランスヒューマンたちがエウロパを去る原因となった「あるもの」に出会う,というストーリー.

甲殻類たちを知性化するために使われた増設神経網─通称「カニミソ」
と「おい!」と言いたくなる肩の力が抜けるような設定多数の本編だが,読み進めていくとホラー風味の展開となっていて,若干のグロ描写も(甲殻類だけど).

屈強な軍人のような話し方で会話する彼らの掛け合いと,突如として現れゾンビのように襲いかかってくる<サルベージャ>との戦闘を楽しめ,アツくなれるお話となっている.


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こんな感じのお話が6編詰まった本書.
久しぶりに原作を思い出しながら,アップデートされたおとぎ話を楽しんでみるのもいかがでしょうか?


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