見出し画像

伊根、海に浮かぶまち

ずっと訪れてみたかった町がある。
海に浮かんでいるようなその町を、初めて知ったのはだいぶ前のことだ。いつ知ったのかももうはっきりとは覚えていないけれど、多分中学生くらいの時だったと思う。
ジブリの映画に出てくるような綺麗なその町に、自分でお金を稼げるようになったら行ってみたい、そう思っていた。

いざ働き始めても私にとってなんだかすごく大事な場所で、気軽に行くことが出来ずに時間が過ぎてしまっていた。が、今年の2月。そろそろ行っても良いのでは、うん行こう!と急に思い立った。こういうところはすごく自分っぽい。
海に浮かぶ町だ、どうせなら夏の時期に行きたい。そう思って、少し先の時期の旅行の計画を立てた。ドキドキして、ワクワクして、ソワソワした。

そして働き始めて8年目の初夏。2023年6月9日。
京都市内から北へと車を2時間半ほど走らせ、その町へ辿り着く。京都の伊根だ。

海に浮かぶ町 京都の伊根

わぁ…っと自然と声が出る。ずっと来たかった伊根。十数年越しの念願を前に、綺麗だなという言葉しか出てこない。あまりの嬉しさに語彙力を海に落としてしまったみたいだ。
伊根に到着したところで、早速宿に向かう。そこで対応してくださったお父さんが、伊根のお話をたくさん教えてくれた。

宿の2階からは一面海が見えた

海に浮かんでいる建物は舟屋と言って、各家の船を停める車庫のようなものだということ。各家の舟屋から海に網を吊るすと天然の生簀ができ、冷蔵庫がない時代にも便利だったこと。海は湾で元々は陸に近い場所でも意外と深く、湾岸工事をする前は子供が溺れて亡くなる事故も多かったこと。昔は漁業をやっている人が多かったが、船等の設備投資にお金がかかり、その数は減ってしまっていること。伊根の人は魚を買いに市場に行くので、お店で魚は売ってないこと。春の海はプランクトンが多く濁ってしまうこと。夏の海が一番綺麗なこと。
自分の生活してきた町について話すそのお父さんの横顔は優しく、声色は穏やかだった。なんだかこの町に抱いていた印象と同じだなと、私も顔が綻ぶ。

伊根でしたかったこと、それはこの美しい町を心ゆくままに堪能することだった。
行く場所は特に決めていなかったが、町を探索しようと事前に自転車を借りておいた。休憩もそこそこに自転車で出かける。ゆっくりゆっくり自転車を走らせ、その間も目に映る町を味わう。

向井酒造の酒粕アイス最中をいただく
見学ができる舟屋を覗き見

夕暮れになると町は少し違う表情を見せてくれた。お昼は爽やかで明るい雰囲気だったが、夕暮れは静けさを纏い、なんだか住んでいる人たちの生活をより感じる。

夕方、緑がより濃くなった海に夕日が映り込む

でも寂しげや詫びしげという印象とは少し違う。静けさの中の穏やかさ、そんな感じだ。空気は少し湿気を帯びていて、蚊取り線香や雨上がりの土、道端の草の匂い、夏の匂いがしていた。この香りを嗅ぐと、夏だなと毎年思う。けど、自分の感覚が周りの情報をキャッチしようと研ぎ澄まされているのか、いつもよりもその空気をより強く感じられた。

夕ご飯は鮨いちいというお寿司屋さんへ。伊根のお魚やお酒を振舞っていただく。どれもこれも美味しい。美味しさでため息が出る。ふと窓に目をやると、夕焼けで空がピンク色に染まっていた。

夕ご飯でいただいた伊根産のアジのお寿司
人生で食べたアジで1番美味しかった

あぁ、もう幸せだ。ずっと来たかった伊根。想像通り、いや想像以上に満たされている。
夜。宿に帰りバルコニーのような場所で夫と2人、波の音を聞きながら色んなことを話す。最近の仕事のこと、30代の目標のこと、お互いが楽しんでいて嬉しいと思っていること。素敵な場所で素敵な時間を過ごせているから、気持ちも余計に素直になれる。やっぱり良い時間だ。

お部屋もシンプルで心地良い

実は伊根でもう1つやりたかったことがある。
それは、朝日を見ること。昼と夕で伊根の雰囲気が違ったように、きっと朝に見せる顔も違うはずだ。早起きはとっても苦手な私だが絶対に起きるぞと強い決心の元、アラームを5時にかける。
翌朝。…起きれた。仕事の早起きはあんなに辛いのに、今日はすっと起きる。やる気があれば、私だって早起きできるのだ。

白んでいく朝の空にはまだお月様も

眠い目を擦って起き、今日も自転車を走らせる。朝独特のひんやりとした空気。次第に目も覚めていく。5分ほど自転車で走り、昨日のサイクリングで見つけていた海がよく見える場所にたどり着いた。
薄青い空に朝日が登ってオレンジとのグラデーションを作り出されていて、海は穏やかでさざ波の音が耳に届く。小さく見える舟屋に朝が訪れている。
圧巻や壮大というものとは違う。感動で涙が出る、というのともちょっと違う。
そこには静けさの中、誰かの日常を感じる美しさがあった。1日が、生活が、始まる。そういう私の中に染み入ってくる感動があった。

朝焼けに包まれる

正直、見た目の美しさ以外知らず、盲目的な憧れのような感じで来てしまった。訪れた1日で知ることができたことも僅かだし、やっぱり自分が見たいようにこの町を見てしまっている気もする。それでもやっぱりこの町は穏やかで優しくて美しかった。
じんわり温かさが染み入ってくるこの感じは、きっとこの町だから感じられたんだと思う。

朝日に照らされた朝顔 ピンク色がかわいい

朝を思う存分堪能し宿に戻ってきた私たち。早起きしたせいか、眠気が遅いかかってくる。睡魔に負けながらうとうとしてしていると、開けた窓から波の音が聞こえてきた。気づいたらすっかり寝てしまっていて、贅沢なうたた寝で体力もしっかりと回復できた。

チェックアウトの時間が近づく。とて名残り惜しいけど、帰る時間だ。
まだ帰りたくないな、でも心思うままに楽しんだな、とこの1日を振り返る。
うん、来て良かった。本当に良かった。また、いつか来るのかな?また来るような気もするし、もしかして今日が最初で最後かもしれない。
でも、それはそれで良いんだろうな。ありがとう、海に浮かぶ町。

中学の頃からの憧れの場所は大好きな町になり、私の大切な思い出の1つになった。

この記事が参加している募集

休日のすごし方

旅のフォトアルバム

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?