いつかキッチンに光は差す
とにかくハイボールが美味しい。
『Bar Bookshelf』のマスターが作ってくださった、絶妙なやつが。
2019年12月15日の午後3時。
3人で企画してきた『どくラジ部Presents冬の読書フェア』の最後を飾る、ネット配信が始まった。
世界中に見守られながらお酒をオーダーするという、滅多にないシチュエーション。まるで、おしゃれなトーク番組にいる芸能人のよう。
課題本は、まふぃさんのリクエストで、吉本ばななさんの『キッチン』。
2日間に渡るプログラムの終盤、ほどよく肩の力が抜けたテンションで「読書会」はスタートした。
話が進むにつれ、小説の文体について所感を述べるダイナさんの語りに、やはり引き込まれていく。
やがて、それはまふぃさんがどくラジでもあげていた【フィクションにおける登場人物との別れ】というテーマと共鳴。
『キッチン』は「手紙のような小説だよね!」という気付きに発展した。
私は、「自分って宗太郎ぽいところあるよな...絶対あるよな...」という複雑な想いを抱えながら、『キッチン』が引用された小説『書店ガール』(碧野圭さん)を紹介してみる。
スマホを見ると、眞琴さんが「ふっかーさーん!」と(文字で)名前を呼んでくれている。
マスターも、話題に出た本を「あるよ」と、(『HERO』の)田中要次さんばりのタイミングで出し、アシストしてくれる。
それでも、なかなか気の利いたことが言えない歯がゆさがあった。
一方で、ほどよくアルコールも回り、楽しければいいかという満足感も。ただ、これもフワフワして言葉にならない。
そりゃあもう、スーパー混乱タイムの始まりだ。
疲れなんて全くない。だが元々、神様が集中力を吹き込み忘れた作品の私である。2人の深い話に耳を傾けながら、忙しなくページを捲るしかなかった。
すると、ん?んん?
付箋もないページで、目と手が止まった。
雄一が、ライトに照らされてほほえむ。紺のセーターの肩がゆれる。「そうね......私に」できることがあったら言ってね、というのをやめた。ただ、こういうとても明るいあたたかい場所で、向かいあって熱いおいしいお茶を飲んだ、その記憶の光る印象がわずかでも彼を救うといいと願う。言葉はいつでもあからさますぎて、そういうかすかな光の大切さをすべて消してしまう。(福武文庫、P.117)
し、しみる...
2回も読んだのに、こんなにも救われる文章があったなんて、全然気がつかなかった。
おそらく、飛ばしてはいない。でも今までは自分に引き付けて考えられず、引っ掛からなかったのだろう。
しかし、状況は変わった。
まさに思い出になろうとしている瞬間を、口で描く難しさ。それが明確な輪郭を持って、目の前に突き出される。
そうなって初めて、みかげ(主人公)の感じた光の意味を、受け取ることができた。
何でも言語化できれば、カッコいい。でも、言葉が必ずしも救いになるとは限らない。
言葉に詰まるよりも、無理して吐き出して、光を忘れる方が怖い。そう気付くと、ありのままでいいんだと思えた。
さらに、このページに溢れる「光」のイメージが、ある歌詞を思い起こさせた。
自分の選んだ未来と 誰かの望んだ未来が 繋がっていること信じたなら きっとその手が放つ光 (作詞:松井洋介)
ほえー。なるほどな。
Bar Bookshelfは今年(2019)にオープンした。
(そのずーっと前には、伊坂幸太郎さんの小説が結ぶ縁もあったという)
まふぃさんは今年『どくラジ』を始めた。
読書会のベテランであるダイナさんは、今年コラボや配信に挑戦した。
すべて、リンクしている。
自分も、読書会自体は2年目だけれど、今年の2月頃までは、Twitterに「いいね」がつくことすらなかった。
それから発信の仕方を変えて(かーなーり勇気が要りました)、沢山の人に助けられた。ちょっとだけ前向きになり、その結果としてここに座っている。
大袈裟かもしれないけれど、それぞれの選択がつながって、ひとつのイベントになったのだ。
どれかひとつでも欠けていたら、きっと上野には全く違う時間が流れていただろう。
そう考えると、よりいっそう落ち着いてきた。
いいことを言おうと悩む必要はない。かといって、「楽しもう」なんてチープな言葉に支配されるのも、逆にもったいないのだ。楽しむのは大事だけれど。
当時のツイートで「自分の語彙力では表現できない」と書いたけれど、そもそも表現しなくてよかった。自分がこの光を、覚えてさえいればいい。
この2日間、沢山の人と、沢山の言葉を交換した。そして最後に、この光に照らされたのは、〆にふさわしいなと思った。
とても配信には乗せられない、関わった人たちにも面と向かって語れないほどの、個人的な想いだけれど。
本と共に生きていると、予想外のことがあるものですね。
◆おまけ
ちなみに、その日の午前中のイベント『読書会ライブ!』で紹介された本のひとつに
くどうれいんさんの『わたしを空腹にしないほうがいい』がありましたが、
このエッセイに登場する「角煮」と『キッチン』でキーとなる「カツ丼」には、どこか通じるものを感じます...!
知る人ぞ知る名著を教えてくれたおぐろんさんに、改めて感謝したいです。
角煮、私も作ってみようかな...
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