マガジンのカバー画像

小説・雑記

64
創作物のまとめ箱 冒頭小説、掌編、端切れ
運営しているクリエイター

#逆噴射プラクティス

ふたたび連続殺人事件

「いい加減に吐いたらどうなんだ」  二子玉川刑事は、机の上に寝転がっている三毛猫に向かって言った。 「なう」猫が鳴いた。  と突然、扉を蹴破るような勢いで相棒の大井町が飛び込んできた。 「現場の体毛とDNAが一致しました」  三毛猫は片目を開けて「毛玉を吐くわけにゃいかんしな」と言い、前足を伸ばしてあくびをした。 「俺がツナを食ったのは去年の冬。一缶だけだ。だから大脳皮質の発達はさほどじゃない。〈タマちゃん総統〉に比べればゴミみたいなもんだ」 「襲撃に参加したと

タイタニア海溝都市

「おっちゃん、天ぷら蕎麦のコロッケのっけ」「あいよ」  人工重力環境でも立ち食い蕎麦は旨い。三隻の大型植民船とその他雑多な運搬船やらスクラップやらを溶接して建造されたメガストラクチャ、円環状軌道上住居NULL-11でも、良い屋台は少なくない。深緑色の巨大なゴルディロックス惑星NULLを目前にして、我々はまだ足踏みしているが、食うことにゃ飽きちゃいない。 「またコロッケ乗せてんのか、気持ち悪いぞ、それ」苗(ミャオ)が人混みを割り、暖簾をくぐってきた。「棒々鶏のからあげのっけ

南路遍歴

 おれは泥濘沙漠を越えるキャラバンに加わった。壮年の男が約三十人、それに数人の女とみなしご、親方と呼ばれる老人がひとりいた。ヘコミラクダの背には北の鉱山から出る砂糖水晶や醍醐石、オアシス地帯の夏女椰子の干果、草原の遊牧民が作る馬血酒が積まれていた。おれは鉄貨二十枚を支払った。荷物は毛布が一枚と将軍の遺骨だけだったから、格安ですんだ。  泥濘沙漠を越えるのは簡単ではない。夜間に東の山脈から水が流れ込み、沙漠は泥の海と化すが、日が暮れる頃には乾燥してひび割れた地面に戻る。おれは

農奴の祭壇

 彼女は一体、何を産もうとしているのか。  わたしはそれが恐ろしかった。  ロストフ家の客間で、わたしは震えていた。  激しい雷雨が、館を殴りつけるように吹き荒れてた。黒ずくめの客間は暗く、ランプと暖炉の炎も、霧のように忍び寄る闇の不穏さを拭えなかった。筆頭執事のアバーエフが端に控えていた。彼は彫像のように身動きひとつしなかった。  葉巻を片手に、黙って床を眺めている田舎紳士たち。額を寄せ合って噂をささやく妻たち。一方で、数人の退役将校は円卓に陣取り、不安をせせら笑うよう

逆噴射祭りの再襲撃

 800文字。原稿用紙2枚分。文庫本にしておよそ1ページ。改行を多用したならば2ページほど。ツイッターで5~6ツイート。  物語のセットアップ――主要人物、世界観、目的、謎、事件の提示――に割かれる分量が全体の10~20%であれば、800文字は、20~40枚の掌編、ないし短編の冒頭部だと考えるとちょうど良いのかもしれない。  長編の冒頭800文字となれば、ほとんどエピグラフや描写で終わってしまう。短編と長編では、情報密度、構成、文体、情報密度が異なる。しかしエンターテイメ

六次の隔たり

 午前0時前。巨大な交差点の真ん中。最後のシラップ漬けの缶詰を開けて、コンクリート片にもたれかかった。腕時計を見ながら、無線機のスイッチを入れる。 「CQ. CQ. CQ. こちらはフォックストロットの渋谷。定時連絡、どうぞ」 「了解。渋谷、こちらはアルファの北京。ノーヒット。パリ、どうぞ」 「了解。北京、こちらはアルファのパリ、同じく。カイロ、どうぞ」 「了解。カイロ、こちらはアルファのカイロ。クラスタ係数ヒット。121。繰り返す。ヒット。121。どっかでループかね、渋谷ど

ワールズ・エンド・セカンドハンド

 ワールズ・エンド通りから細い路地に入り、暗く、入り組んだ煉瓦の迷路を五分ほど北に歩く。すると、開業中なのかどうかさえ怪しい店が並ぶ横丁に出る。その端に、バフェット&ウォレンズ古道具店がある。  その日は、土砂降りだった。ただでさえ薄暗い店は杳として奥行きが知れなかった。背が高いフードの女が扉を押すと、壊れたベルがガラガラと間の抜けた音で鳴った。埃と黴の臭いがする室内に湯気が漂っていた。 「これは、〈灯命のサモワール〉という品です」  小柄で中性的な青年がテーブルについて

間話1.6 エー氏の生まれ

 かの若い言語学者の生まれは、大陸の北の端の小国、ジンクムだった。その国は極圏に近く、冬は絶え間ない吹雪に見舞われる。大地も海も凍りつき、人々は家に閉じこもって、薪の心配をしながら、ただただ春を待つ。冷気が丸木組みの壁をすり抜け、綿入りの上着越しに皮膚を刺した。気候は過酷過ぎるほどだった。それでも、採掘と精錬に従事する苦役夫たちは、森に入りってカラマツやモミ、トウヒの大木を切り倒し、十人がかりで引いて運ぶ。あるいは、石炭、亜鉛や錫の鉱山でつるはしを振るい、荷を精錬所まで担ぎ、

異界神話体系 間話1.5話

 統括局を代表して諸君にお祝い申し上げる。第二の人生の門出だ。諸君は皆、それぞれの人生に倦んでいた。差異はあれど、生きながら苦しみ、憎み、悲しみ、逃れようと足掻くも、己の無力さと運命の理不尽さに押し潰されていた。前進を望み、才能を欲し、人生をやり直したいと願った。あるいは自分ではない誰かになりたい、すべて投げ出したい、逃げたい、死にたいと望んだ。だがそれらが叶うことはなかった。幸か不幸か、救済への渇望は、我々の投影局へと届き、神々の意志のもと、諸君がここに至る道となった。

お肉のフルコース

 ああ、天使ほど旨いものは、そうそう無い。しかし高い。うちの近所のスーパーじゃ、安売りのときでも100グラム598円以下にはならない。低級の細切れ肉な。手羽は別だ、可食部が少ないから、水炊きの出汁にする。地鶏よりよっぽどコクが出る。俺は胸肉の唐揚げが一番だと思う。ステーキは柔らかくて若干物足りないな。親天使の肩甲骨周りは適度に噛みごたえがあるが、いかんせん高価過ぎる。庶民の手に届くもんじゃない。  反対運動を起こす奴らの気持ちも理解できるし、お前が躊躇っているのもよく分かる

7月4日

 杉野君の件があった7月、教師たちも生徒たちも理由を探していた。彼はいじめられていた訳でもなく、成績もそこそこ優秀で、陸上では県大会に出ていたし、家庭にも問題はなかった。目立つ生徒ではなく、物静かで地味だった。いつも後ろ髪のどこかに、ひどい寝癖がついていた。無害な生徒。あの日も彼は至って普段どおりで、「それらしい理由」は存在しなかった。けれども、みんなは執拗に理由を探した。休憩時間、教室の隅や廊下の影で噂話が広まった。  本当のところ、真実はどうでも良かったのだ。根も葉もな

魔の山(1)

 2019年3月31日、午後12時30分。国会議事堂にほど近いエリアの駐車場や空き地、ビル屋上、公園、民家、あるいは路肩から、149機のドローンが一斉に飛び立った。それには小さなトイドローンから農業用の大型ドローンまでが含まれる。それぞれが一様に、爆発物、ないしガソリンとスチロールを混合した簡易ナパーム弾を積んでいた。  とあるコインパーキングの監視カメラは1台の大型バンを記録していた。バンが駐車場に入り、停まり、運転手がバックドアを開けるまで約1分。その作業服の男が折り畳ま

一九六四年のクリスマス

 クリスマスの前夜、戸惑い、泣き叫ぶ子どもを尻目に、大人たちは嘲笑しながら通りを過ぎ去って行く。香水瓶が立ち並ぶような、夜の摩天楼。宝飾店のショーウィンドウ、外国製の高級車、下ろしたてのスーツ、ミンクのコート。白金の腕時計、ダイアのネックレス、恋人たちの囁きと、シャンパンへの期待。富が呻る五番街、新聞を売るスタンドの正面で、5セント硬貨も持たぬ幼児がキャンディーの販売機を見ながら泣いている。母親は力なくただその光景を眺めていた。行き交う人々は嗤うばかりだった。  そのような

【雑記】おれは妙な気遣いをやめるぞ!ジョジョーーッ!

 小説の書き方について。  さてさて、読書体験は人それぞれ、様々な偏りがあるかと思います。岩波文庫は赤帯がお好き? それとも緑帯? 講談社文庫、新潮文庫、ハヤカワSF、創元社、光文社古典新訳、あるいは集英社文庫、それとも筑摩や河出、白水社? いやいや、天下のKADOKAWA、電撃、スニーカー、富士見、星海、宝島?  乱読活字中毒者でも、作家、ジャンル、レーベル、出版社等々、とっかりの差異はあれ、どこかに心のHOMEをお持ちでは? それは読書の原風景、My ファイバリットなプ