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【ショートショート】ネジ巻き

 私の住んでいる街は、エネルギー革命が起きる前に栄えた街だ。
 街の動力を支えるゼンマイ発電所は小高い丘の上に建っている。
 月に一度、街の男たちが集まり、ネジを巻く。
 今日は気温も温暖で、いいネジ巻き日和だ。
 町長が約十箇所に大きな鍵を差し込んだ。
「えーやこーら」
 と声を合わせながら、上半身裸の男たちがネジを回していく。
 もうずいぶん昔、百数十年前に建てられた発電所である。
 部品はいたるところが老朽化しているので、その取り替えもしなければならない。古くなったゼンマイが切れ、ピン! と大きな音がして、鍵に取りついていた男たちが吹っ飛ぶこともある。
 ネジ巻きに参加するのは高校生からだ。
 うちの息子は今年高校に入学した。これが二回目のネジ巻きとなる。
 私と違う鍵を回しているので、チラチラとしか姿は見えないが、ずいぶん逞しくなったものである。
 発電所のまわりには女子どもが集まり、屋台も出ている。
 みんな好きなものを頬張りながら、
「そーれ、そーれ」
 と声を出している。
 町長は両手をあげて掛け声をけしかけながら、発電所のまわりを歩いて中を覗き込んだり、地面に伏せて地下の音を聞いたりする。
 どこまでネジを巻き、ゼンマイをしぼるかは、町長の判断にかかっている。町長は一番のゼンマイ職人なのだ。
 空が色が赤みを増してきた頃、町長は大きく手を挙げ、
「やめーい」
 と叫んだ。
 ゼンマイを限界まで巻ききったのだ。
「おー」
 とネジ巻き衆は答え、それから祭りに移った。
 元気なものは夜通し飲んだという。
 私は一杯飲むとすぐに布団に潜り込んでしまった。
 朝方、窓から丘の上を見た。黒々としたエネルギーの固まりが見えた。

(了)

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