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【ショートショート】正義の人

 近所を散歩するのも飽きたので、電車に乗り込み、三つ離れた駅で降り、とことこと歩き始めた。見知らぬ土地を歩くのは楽しい。
 川に近づくと公園が増え、八幡神宮があった。
 とりあえずはお参り。参拝するだけでなにかをなしとげた気分となり、境内を見物していると、ちょっと珍しいものに出会った。腕の彫刻である。解説の札を読んでみると、腕自慢の像だとわかった。
 昔、この地にいたたいそう腕力の強い男の腕をかたどった像だそうである。なでると霊験があるとか。
 さっき百円玉を賽銭箱に入れてきたことだし、元をとろうと考え、私は立派な腕をなでさすった。
 それからしばらくして、駅前に24時間営業のトレーニングジムが開店した。
 まさかとは思うが、ここに通って鍛えろということだろうか。霊験というのは、じつに地味なものだな。
 私はジムに入会した。ダンベルを上げ下げして一所懸命腕を鍛えてみる。みるみるうちに、二の腕に筋肉がついた。
 お礼の意味を兼ねて例の八幡神宮に行き、また賽銭箱に百円玉を投げ込んで、二拝二拍手一拝した。
 力自慢の像をなでてみようと思ったら、今度は足の像に置き換わっていた。不思議なこともあるものだ。
 宮司さんに聞いてみると、お尻の像や頭の像や腹筋の像やちょっと言えないような像までたくさんの力自慢の像があり、日干しの意味も兼ねて、毎月入れ替えているのだとか。
「それはひとりの方をいろいろなパーツに分解したものですか」
「いや、それぞれ別人ですな。いろんな偉人がいらしたものです」
 その日は足をなでて帰り、その後、頭、目、鼻、口、耳、指先、胸などいろいろなものをなでた。
 霊験はあらたかであった。0.3の視力が回復し、ついには5.0にまでなったのだからすごいとしか言いようがない。
「それで、なぜアメリカに渡ったのですか」
 とインタビューアーは言った。
「そりゃあ、日本には同じような人がいっぱいいますからね。アメリカなら目立つだろうと思ったんですよ」
 と答えた私は、胸にSの字を描いた青いスーツを着込んでいる。

(了)

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