【ショートショート】締め出し
玄関の鍵を開けようとして気がついた。
ショルダーバッグに取り付けたキーホルダーにキーがない。
落としたか、貸してと言われて妻か息子に貸したか、どちらかだ。
妻は母の体調が悪く、実家に泊まると言っていた。
息子にメッセージを送ってみた。
「帰りは遅くなる」
こいつもダメか。
「複製の木、試してみたら?」
お、その手があったか。私は後ろを振り向いた。金木犀の横にキーホルダーの木が生えている。ずいぶんと大きくなった。
別名複製の木というとおり、最初に取り付けたキーを複製して実をつける。ただし、精度はあまり高くない。リング状の葉から実をちぎって扉の鍵穴に差し込んでみたが、回転しなかった。
次。今度は穴にも入らない。
複製の木には数千の実がなっていた。
このなかには本物の複製も混じっているはずだが、見分ける手段はない。
私はひたすら鍵を千切っては鍵穴に差し込むという作業を続けた。足元が鍵でいっぱいになった。
隣のご主人が帰ってきた。
「鍵ですか」
「どこかでなくしてしまいしてね」
「複製の木があると油断して予備の鍵を作り損ねるんですな。うちもありましたよ」
といって、鍵の実をもぎる作業を手伝ってくれた。
鍵の木から三分の一くらいの実が消えた。
あたりが暗くなり、部活を終えた息子が帰ってきた。
「まだやってるの」
「ああ、うまくいかない」
「よかったですな」
と隣のご主人がほっとした表情で言った。
「どうもご迷惑をおかけしまして」
私はお礼を言い、息子は鍵を取り出した。
「あれ。なぜ開かないんだろう」
「まさか、それ複製の鍵か」
「そうだよ。この間はうまくいったのに」
「きっと乾いて変形したんだ」
私たちは天を仰いだ。月が笑っているような気がした。
(了)
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