【ショートショート】別荘と下宿
ヤマモトタツルは風光明媚な場所に住んでいる。言い方を変えれば田舎だ。
山の麓なので家は樹木に囲まれ、五分ほど歩けばきれいな川もある。
ただ、美しい自然はたまに見るからいいのであって、住んでいるとすぐに飽きる。
タツルはレンタル別荘を始めることにした。
季節のいい時期だけ、別荘地として顧客に貸し出す。顧客の自宅はその間、留守になる。タツルは管理者として顧客の自宅に住まわせてもらうわけである。
「もしもし、ヤマモトさんですか」
「そうですが、あなたは」
「コバヤシです。別荘をレンタルしている者です」
「ああ、コバヤシさん」
「この土地が気に入りましてね。あと一ヶ月延長したいのですが、いかがですか」
「それはそれは。では、契約の延長書類を送りますので、ハンコを押して送り返してください」
コバヤシはその後も、もう二ヶ月、もう半年と期限を延ばし続けた。数年が経過し、タツルはすっかり都会生活が身についた。
さらに十数年。
「もしもし。ヤマモトさんですか」
「そうですが、あなたは」
「コバヤシです」
「あれ。お声が変わりましたね」
「私、コバヤシの息子です。父が亡くなりまして」
タツルは哀悼の意を伝える。永遠につづくかと思ったレンタルが終了して、茫然とした気持ちだ。
コバヤシの息子は、タツルの気持ちを察したように、
「父の部屋が空きますから、よければ下宿しますか」
と提案してくれた。
(了)
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