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【ショートショート】アルバイト

 すこし無茶を言ってみた。
「間取りは2LDK。駅近で家賃は八万円台」
 不動産屋の親父は、
「ほかに条件はありますか」
 といった。
「とくにありません」
「日照が悪くても問題ありませんね」
 私はうなずく。
「では内覧に行きましょう」
すぐ到着したような気がした。時計を確かめると、まだ七分しかたっていない。押し出しのいい、巨大なマンション。こんなところに住めるのか。
 不動産屋の親父はエレベーターの下ボタンを押す。
「地下ですか」
「そう。地下二階」
 日照が悪いはずだ。悪いというより皆無だろう。
 私たちはB2まで下りた。
 薄暗い廊下をまっすぐ進んでいく。
 さすがに地下だけあって、部屋の表示がへんだ。数字の前にマイナスがつく。
 私たちが足を止めたのは「-2015号室」の前だ。
「こちらになります」
 三人家族でも十分暮らせる間取りだった。私は息子に言った。
「これからは携帯代は自分持ちな。適当にアルバイトしてくれ」
「へーい」
 とやる気のなさそうな声で答えた息子だったが、すぐにアルバイトを決めてきた。
 ある休みの日、私は朝寝を決め込んで、午前十時頃に起きだした。息子はもういない。働きに出たのだろう。
 私は外をぶらぶらとすることにした。公園を歩いて太陽の光を浴びて、お気に入りのカフェでランチでも食べよう。
 エレベーターホールに行くと、横に階段の入り口があった。開いてみると、さらに地下へ行くことができるみたいだ。私は探検してみることにした。
 地下三階の扉を開けると、そこは土が剥き出しになった大きな通路だった。通路の先には工事現場があった。たくさんの人がつるはしをふるって土を崩している。
 そのなかに息子の姿があった。ヘルメットを被り、一心不乱に穴を掘っている。
 こんなにデカい穴を掘って、マンションは大丈夫なのだろうか。私は通路を引き返し、散歩に出た。
 夕方頃、息子が戻ってきた。
「あー、疲れた」
「おまえ、穴掘ってたな」
「見てたの」
「なんのアルバイトだ」
「不動産屋の社長に紹介してもらったんだよ。地下に部屋を作るんだって。地下二階より安いらしいから、そのうち引っ越ししようよ」
 私は不動産屋の名前を思い出した。
 モグラ不動産。

(了)

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