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【ショートショート】みどりの窓口

 たまには観光旅行に行こうではないか。切符を買うためにみどりの窓口に来た。
「8月16日午前7時30分、大人お二人、木星行き自由席二枚ですね」
 と担当者が確認した。大きな目玉をぎょろっとこちらに向ける。
「ほんとに自由席でよろしいですか」
「なにかまずいことがありますか」
「8月16日は夏休み期間ですからどうしても混雑します。木星までずっと立ちっぱなしになるかもしれません」
「木星まで立ちっぱなし」
 想像して、頭がくらっとした。
「しかも」と担当者は続けた。「自由席には重力制御がありません」
「そうなんですか」
「座ることができればシートベルトで姿勢を固定できますが、立っている人は狭い空間に浮かんでそこら中にぶつかります」
 心が大きく動いたが、予算の問題がある。私が黙っていると、
「指定席の場合、なるべく地球人同士が固まるように座席を配置しますが、自由席はバラバラです。金星人が横にくるととても臭いですよ。ラテッニクスの匂いがします」
 とダメ押しされた。
「うえっ」
「その上」
「まだあるんですか」
「いろいろございます。たとえば、自由席は指定席に比べて空気が薄くなっております。地球でいうと、エベレスト山頂くらいでしょうか」
 耐えられないことはない。たぶん。
「トイレも二リットルまでと制限されておりますので、かなりの我慢が必要です」
「それはひどい」
「みなさん、そうおっしゃいます。最後のほうになると、あふれた排出物が空間を漂っているそうです」
 それはもうスラムではないか。
 私はついに軍門に降り、
「指定席でお願いします」
 と申し込みを訂正した。

(了)

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