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【ショートショート】ふつうの生活

「この子が最近妙にしゃちほこばっちゃって。いままではふつうに暮らしていたのに」
 診察室に入ると、いきなり母親が喋り始めた。
「朝も一分でもご飯の準備が遅くなると怒り出すんです。やりにくいたらありゃしない」
 少年は鞄から教科書を取り出し、黙って読んでいる。
「君は何歳なの」
 端正な顔付きの若い先生は、少年に声をかけた。
「十四歳。中学二年生です」
「ふだんの生活リズムを教えてくれるかな」
「六時半に起きて、七時に朝食。七時半に家を出て、八時二十分に学校に到着。授業は三時に終わります」
「休み時間はなにをしているの」
「ぼーっとしています」
「ぼーっとする時間も計画しているんだ」
「はい。四時に帰宅。二時間復習をします。六時から晩飯。七時から次の日の予習を二時間します」
「終わらなかったら?」
「終わらなくても二時間です。十時に布団に入って十一時まで読書をして寝ます」
「ね、堅いでしょ?」
 と母親。
「とくに問題はありません」
「毎日判を押したように一緒なんです。息がつまちゃう」
「息が詰まりますか」
「ええ、そりゃあもう」
「問題はあなたにありそうですね」
「えっ」
 母親は大袈裟にのけぞった。
「わたしはふつうですよ」
「いまどき、予定通り暮らせないのは問題です。予定を守りたくなる薬を処方しますから、目覚めたときに服用してください」
「予定なんか立てませんよ。そんなの、だいたいわかるじゃありませんか」
「予定を立てたくなる薬を追加します」
 文句をいうと、薬が増えるばかりだと悟ったらしい。ようやく母親は口を閉じ、親子で診察室を出ていった。
 医者は腕時計を見て、
「三十四秒オーバー」
 と言った。

(了)

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