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【ショートショート】リスケ

 スマホがぶるっと震えた。
 カズキ君はカレンダーアプリを見ながら、
「リスケをお願いします」
 と言った。
 和子は書道を教えている。カズキくんは週に一回通ってくる生徒で、小学三年生。
「どうしたの」
「友だちの誕生日に呼ばれてしまいました」
 それじゃ仕方ない。
「いつにしますか」
「六十日後の三月二十四日、午後八時でお願いします」
 二ヶ月後!
 和子先生はびっくりした。
「それまで全部予定が埋まっているの?」
「はい」
「来週は大丈夫?」
「それはちゃんと予定に入っているので」
 和子はカズキくんを家まで送っていくことに決め、リスケを認めた。
 次の週、カズキくんは教室にあらわれなかった。日本舞踊の発表会のための特訓が入ってしまったそうだ。三日前にリスケの連絡が入った。
 カズキくんの予定はどんどん後ろに流れていき、中一のときには週に三回の密度になってしまった。授業料を受け取っているので、予定は組まざるを得ない。カズキくんもなかなか来ることはできないが、書道は好きなのだそうだ。
 二十年たった。
 カズキくんは働き盛り。習い事どころではないだろう。予定を黒ペンで塗りつぶし、和子先生は彼にメッセージを送信した。
「私も疲れたし、そろそろ教室を閉めるわ。これまでの授業料は返還するわね」
「とんでもない!」
 カズキくんは小さな子どもをつれてやってきた。
「これ、息子のミノルです。どうかぼくの予定をミノルに振り替えてやってください」
 親子二代のリスケか。
 ミノルはカズキと違い、毎日家にやってきた。父親は自分の子ども時代を反省し、無理な予定をたてていないのだろう。あっという間に父親の振替分をこなしたあとも、自分の意思で毎日通ってきた。
 ミノルには才能があった。みるみるうちに成長し、書家として名を成した。
「あなたはもう私より上手だわ。教えてあげることは何もないのよ」
「でも、僕は通いたいんです」
「じゃあこういうのはどうかしら」
    歳をとってひと回り小さくなった和子先生は文机からミノルの方へ向き直ると、ニッコリ笑った。
「これからも通ってきて、私にミノルくんの書道を教えてくれないかしら」

(了)

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