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【ショートショート】忘れ物

「あっ、おとうさん」
 と息子が驚いた声をあげた。
「どうした」
「あそこ」
 息子は公園のベンチを指差した。
 得体のしれない黒いものがわだかまっている。
「ほら、あのおじさん」
 広場を歩いて行く中年男性は、どこか変だ。よく見ると影がない。
 影ははっと気づいたのか、とっとっとと男に近づき、ピタリと寄り添った。
 息子は目を大きく見開いてその光景を見つめていた。
「どうしちゃったの」
「あれは、影狸といってね」
 私は説明した。
「影を食べる狸なんだ。そして、自分が影になってしまう」
「じゃ、あの影は狸なの」
「そうだよ」
「ねえ。ぼくの影は。ぼくの影も狸なの」
「それはどうかなあ」
 と私は笑って誤魔化した。影狸は作り話である。私自身、いま目の前で起きた現象がなんだか説明はできない。

(了)

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