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【ショートショート】帰りたい

 転職を繰り返し、不安定な生活に嫌気が差したので、三十歳を過ぎたのを機会に田舎に帰ることにした。叔父さんが林業を営んでおり、製材所を経営している。跡取りがいないので、ぼくでよかったらと連絡してみたのだ。
「仕事を見てから決めなさい」
 と返事が来た。
 ぼくはさっそく山に囲まれた村に行った。
 叔父さんと一緒に山に入った。
 切り倒す方向を決め、叔父さんが木に電動鋸を入れた。そのとたん、
「痛いよー痛いよー」
 と木が泣きだしたのである。
 ぼくは腰を抜かしそうになった。
「叔父さん、木って泣くんですか」
「そりゃ生き物だからな」
 大木が倒れ、あとに切り株が残る。叔父さんはバッグから大きな絆創膏を取り出して、株の切り口にぺたりと貼り付けた。
 木が泣き止んだ。
「絆創膏、効くんだ」
 ぼくは呆然として呟いた。
 切り出した木は、材木置き場で乾燥される。
 夜になると、山と積まれた木材たちは、
「しくしく。山に帰りたいよー。帰りたいよー」
 と山を偲んで、悲しんでいた。
「木ってのはなかなか死なねえからな」
 と叔父さんはいう。
 ぼくはだんだん木が怖くなってきた。
 叔父さんの家は築百年以上たっている。
「安心しろ。さすがにもう死んでるから静かなものだ」
「ということは新築の家っていうのは」
「けっこううるさいもんだよ。都会に住んでる人たちは鈍感で、木の声が聞こえないらしいがな」
 ぼくはこの仕事を手伝う自信をなくし、都会のアパートに戻った。その夜は一晩中、
「故郷が恋しいなあ。帰りたいな」
 という声に悩まされた。田舎に行ったせいで、木の声が聞こえるようになってしまったのである。

(了)

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