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【ショートショート】動く垂れ幕

「街頭広告が減ったね」
 と、私は道を歩きながら言った。
「減ったなあ。街頭広告募集の広告ばかりだ」
 と、同僚の鈴木。
「シュールすぎる。そういえば、垂れ幕も減ったね」
「ああ、あまり見かけないな」
「同じ場所に垂らしてあっても、見るのは同じ人ばかりだからかな」
「垂れ幕が移動すればいいのか」
「動く道路ができるんだから、動く垂れ幕だって作れないことはないかも」
「難しい気がするけどな」
「注文するだけしてみよう。案外できるかもしれないぞ」
 業者が持って来たのは、丈が1メートル半ほどのカーテンのような布地だった。2枚貼り合わせて、真ん中に穴が空いている。
「ここに首を入れてください」
「これ、明らかに垂れ幕じゃないよね」
「サンドウィッチマンマンだよね」
「看板じゃありません。硬くしてありますが、いちおう布です。垂れ幕です。しかも動きます。サンドウィッチマンであることは否定しませんが」
 私と鈴木は、市役所の広報課に勤めている。
 だから、垂れ幕の文句は、標語だ。
 表には、
「あなたの一票が世界を変える」
 背中は、
「お互いに人権守って明るい明日」
 などと、愚にも付かないことが書いてある。
「これをつけて通勤するのかあ」
「いやだなあ」
 通勤時間はまだ労働時間ではないので、文章を変えてもらった。
「猫の爪鉄の爪 道に倒れて誰かの名を」
「おまえ、どういう趣味をしているんだよ」
「キング・クリムゾンと中島みゆきだよ。文句あるか」
 と私は言った。
「じゃあ、オレは文学でいく。吾輩は猫であると木曽路はすべて山の中であるだ」
「ははあ。漱石と藤村か。なんか響き合ってて面白いな」
 オレたちの垂れ幕を見て、真似するやつが出てきた。
「付かず離れずメンヘラ 深夜の電話はもうやめてくれないか」
「あれ、なんだろう」
「ちょっと検索してみようか。キュウソネコカミ、ロックバンドだってさ」
「へえ。面白そうだな。聞いてみようか」
「なんかオレたち、乗せられているな」
「これが本来の広告かも」

(了)

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