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【ショートショート】ハイヒール
浅草でぽっかりと空き時間ができた。
私は浅草寺に足を運んだ。参道の賑やかさはあいかわらずだが、わーんと鳴っている音はどんなに耳を傾けても意味がわからない。
日本語ではないのだ。
私はあたりを見回した。観光客なのだろう。キレイに着飾った女性が連れだって歩いている。写真を撮りながら彼女たちが忙しく発している言葉は中国語のように思えた。ときどき韓国語も混じる。
白人らしいバックパッカーは沈黙していた。
日本人はみんなどこに消えてしまったのだろう。
お賽銭をあげ、私は地下鉄に乗った。さすがに車内で喋っている人はあまりいない。
ようやく耳が休まった。わからない言葉を聴き続けるのは思ったよりダメージがある。
そのうち、甲高い悲鳴が聞こえた。
車内の真ん中あたりをみると、初老の男性が若い女性たちに取り巻かれている。トラブルらしい。男は中国語がわからないのだろう。首をふるばかりだ。
やがて、男は床に引き倒された。色とりどりのハイヒールが軽やかにあるいは重く男の体に突き刺さる。
私はおろおろした。
「たいへんだ。死んじまうよ」
「痴漢だ」
と横にいた頬骨の鋭い男性が言った。
一目で外国人とわかる焦げた肌の色をしている。
「いくら痴漢でも暴力は」
「日本人の痴漢だ。死んでしまえばいい」
と男は力強く言い切った。
私は沈黙し、次の駅で下車した。
痴漢男のその後は知らない。
(了)
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