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【ショートショート】赤ブレザー

 タツオは定年で会社を退職してから急に暇になった。
 することがない。
 友だちもできない。
 そんなときに知ったのが、高齢者制服だった。
 息子が誕生日にプレゼントしてくれたのである。
 渋い赤のブレザーが暇な老人ための制服であると知り、ちょっと微妙な気持ちになったが、効果は抜群だった。
 同じ境遇の老人たちが気軽に話しかけてくれる。バスの停留所でも、立ち話できる人が何人かできた。
「どこへ行くんですか」
「ちょっと病院へね」
 病気話、健康話が始まる。
 ある日、すこし早起きしてあたりを散歩してたら、走る赤いブレザーの集団とすれ違った。ざっざっざと足音も揃ってまるで軍隊みたいだ。
「すげえな」
 と見送ったが、やがて町内会報に老人マラソン愛好会の紹介が載った。タツオはああ、あれのことかとうなずき、自分でも始めてみる気になった。病気話をしているよりずっといい。
 初心者の部から始め、中級、上級へと順調に進んでいった。身体も引き締まり、友だちがたくさんできていいこと尽くめ。
 やがて、マラソン大会に出場することになった。
 一番仲のいいタナカミノルは、マラソン愛好会の中でも屈指の実力者である。
「手を抜くなよ」
 と彼は言った。
「心臓が破裂するまで走るんだ」
「死んじゃいますよ」
 とタツオがいうと、
「ポックリいくのがオレたちの理想じゃないか」
 とタナカミノルは言い返した。
 たしかにな。タツオは心臓破りの坂を一心不乱に駆け上がって、望み通りポックリ逝った。

(了)

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