【ショートショート】幻の金
大地主のお爺さんが交番に駆け込んできた。
「空き巣に入られた」
「では、被害届けを出してください」
「なにを落ち着いておる」
「いまどき、家の中に盗むものなんてありませんからね。強盗でなくてなによりでした」
「バカもん」
とお爺さんは怒鳴った。
「箪笥には十年分の家賃が入っておった。わしは、現金以外は受け付けない主義なのだ」
警官はかわいそうに、という目でお爺さんを眺めた。
「十年前にデジタル通貨法案が通過しましてね。それ以来、現金には価値がないんです」
「えっ」
お爺さんはきょとんとした。
「じゃあ、わしが十年間受け取っていた家賃はなんなのだ」
「よくあるでしょう、おもちゃのお札。あれと同じです」
「おまえも現金で家賃を支払っていたではないか」
「あれ、そうでしたっけ」
警官はしれっと言って、内心で舌を出した。
爺さんを暗示にかけた犯人はわかっている。連れ合いの婆さんだ。爺さんには無価値となった紙幣を渡し、半額をデジタル通貨でお婆さんの口座に振り込む。
家賃が半額になるので店子は嬉しく、お婆さんも収入ができて嬉しく、お爺さんはお金持ち幻想に浸れて三方丸く収まっていたのだ。
せっかくうまくバランスがとれていたのになあ、と警官はマヌケな空き巣を恨んだ。
(了)
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