【ショートショート】握手
「こんにちは」
「こんにちは」
とあるパーティ会場で、私は紹介を受けた銀行家と握手をした。
「君、そろそろ手を放してくれないかね」
「無理です」
「無理とは」
「私の手は吸盤になっておりまして、一度吸い付くと離れないのです」
「困るじゃないか」
相手は顔をしかめている。
私はニコニコ笑っている。
やがて、周囲がざわめきだした。恋人でもないのにずっと手をつないでいるのはおかしい。
「そろそろ冗談はやめてくれないかね。警察を呼ぶよ」
「警察にもどうにもできないと思いますが」
「ちょっと場所を移そう」
銀行家はさすがに察しがいい。私の生活費一ヶ月分くらいのお金を包んでくれた。私はすっと手を押す。圧力によってふたりの掌が離れた。
「ふー。まったく心臓に悪い」
「それは申し訳ございませんでした。これは私の名刺でございます。なにかご用命のことがあれば、いつでもご連絡ください」
「うるさい」
相手は名刺を破り捨てようとするが、ふと思いとどまる。
状況によっては、私の特異体質が役に立つかもしれないことに思い至ったのだろう。
ある日、電話がかかってくる。
「コバンザメ君かね」
「はい、そうでございます」
「握手をしてもらいたい人物がいるのだがね」
こうして私は日々の暮らしをたてている。
みなさんも、見知らぬ人との握手には、気をつけて。
(了)
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