【ショートショート】お土産
新幹線からローカル線に乗り換え、海辺の町に到着した。来月からこの町で我が社の新工場が稼働するのである。初の出張は半日がかりの移動となった。
駅から出ると、正面に大きな建物があった。「両替所」の看板が出ている。
迎えに来てくれた工場長はニコニコしながら、
「ようこそ、いらっしゃいました」
と言った。
「このまま、まっすぐ工場に向かわれますか」
「はい。お願いします」
と私は答えた。
「では、両替だけ済ませておきましょうか」
「両替」
と私は不審げな声を出した。
「この町ではまだデジタルマネーは普及しておらず、日本円を扱っている店も少ないのです」
「そうですか」
日本国内にそんな場所があるとは知らなかった。
「今度、お時間のある時にでも海辺にある造幣局にご案内しましょう」
私たちは両替所に入っていった。
銀行の窓口をもうすこし頑丈にした雰囲気。カウンターには大きなアクリル板があり、下の方に交換のための穴が空いていた。
「二万円ばかり交換してもらおうかな」
私は読み取り機にクレジットカードを差し込んだ。カードが認識され、機械の奥からざらざらと色とりどりの貝殻が流れ出してきた。
思わず工場長の顔を見る。
彼はうなずく。貝殻がこの町の通貨なのか。とても財布には収納できない。私は貝殻をすくい取って、鞄の中に詰め込んだ。
バンに乗り込み、工場長の運転で工場に向かった。
最新システムを導入した工場はピカピカに光っていた。ここでは新世代太陽光パネルの生産を行う。私は全従業員に挨拶し、個別の面談をいくつもこなしていった。
夜になり、町に戻ってホテルに投宿した。ひとりでぶらりと晩飯をとりに出る。
会計の方法がよくわからない。鞄を開いて見せると、よく日に焼けた従業員は大きな貝殻を三つと小さな貝殻五個を取り出した。大きさだけではなく、色艶、丸みなどいろいろな要素で価値が決まるらしく、メニューにも詳しい個数は書かれていない。
私は町に三日間ほど滞在したが、結局、貝殻の使い方に習熟することはできなかった。帰りにはまた両替所に寄り、貝殻を円と交換する。私は美しい貝殻を三つほどとっておき、家族へのお土産とした。
「お父さんにしては洒落てるね」
と薄いピンク色の貝殻を手にした娘は言った。
「町の名物なんだ」
と私はウソをついた。
(了)
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