【ショートショート】マルのお仕事
ヒロシの部屋はシンプルだ。ドアを入って左側にベッドがあり、突き当たりには勉強机と椅子。
机の上には単語ドリルが広がっている。
「ああ、面倒くさい」
と呟きつつ、ヒロシはノートに英単語を書き写す。
「オレも猫になりたい」
ごろんと腹を見せて寝ていたマルが、
「にゃん」
と鳴く。
「おまえは何もすることがなくていいなあ」
――そうかな。
「えっ」
声が聞こえた気がして、ヒロシはあたりをきょろきょろと見回した。
マルがのびをして立ち上がった。
ベッドから下り、ペット用の扉をくぐって外に出ていく。
ほぼ同時に、
「ただいまー」
と母親の声がした。仕事から帰ってきたのだ。
「まー。マルちゃん。賢いわねー」
母親の声が一オクターブ跳ね上がった。
「今日はマグロがあるからね」
「にゃん」
ふたりはキッチンに入っていった。
ヒロシものろのろとキッチンに顔出しする。母親はマグロを細かくして、マルの皿に入れてやっている。
「宿題はもう済んだの」
「いまやってるよ」
「ご飯作るから、早く済ませな」
マルはきれいにマグロを片付けると、またヒロシの部屋にやってきた。膝の上に飛び乗る。くいくいと腹を鼻で押す。腕を貸せ、と言っているのだ。
右腕を押さえ込み、マルはうとうとし始めた。
ヒロシは茫然と机の前のカレンダーを眺めた。
何もしないというのも苦痛だな。
マルはヒロシの脇の下に鼻を突っ込んでくんくんと匂いを嗅いでいたが、いきなりズボンに爪をたてると、ばっと床に飛んだ。
今度は父親のお迎えか。
ヒロシは英単語をノートに写しながら、猫もそれなりに忙しいと思った。
――そのとおり。
と声が聞こえた。
(了)
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