【ショートショート】霊感靴ひも
しゅるっ。
「おい、足」
と右隣を歩いていた同級生の佐藤が、オレの肩をつついた。
右足の赤い靴ひもが天に向かって起き上がっている。
「なんだそれ」
なんでもないと誤魔化したかったが、こんなに不自然な直立では言い訳しようがない。
オレは先日の話をした。
玄関のチャイムが鳴り、対応に出たのは母親である。お届け物ですというからついドアを開けたら、押し売りだった。腹巻きをした中年男は年季の入ったバッグをあけて、
「験のいい商品を持って来てやったぞ。さあ買え」
と威張ったそうだ。最初は拒否していた母親も、上は三十万円の水晶から下は三百円の靴ひもまで、一時間も居座られるとだんだん疲れてきた。
「それで買ったのが、この靴ひもってわけ」
「霊験があるのか」
「右側のひもが立ったら無害な妖怪が、左側が立ったら危ない妖怪が近くにいるそうだ」
「妖怪」
と言って、佐藤は表情をなくした。
口も目も鼻もなくなった。
「わあ」
オレは腰を抜かした。
「おまえ、のっぺらぼうだったのか」
佐藤の顔に目鼻口と表情が復活した。
「うん。誰にも言ってなかったんだが、バレるもんだな。でも、安心しろよ。無害だから」
「それはわかってるよ」
と言っているうちに、左側の靴ひももピンと立ち上がった。
「あっ、こっちはヤバい。なにがいるか、わかるか」
「いや、オレにもわからん」
オレたちの目の前には橋があった。
「あの橋になにかいるんだろう」
「きっとそうだ」
オレたちは橋を迂回した。下流の橋までずいぶん距離があるが、仕方ない。
結局、卒業するまで危ない橋は避け続けたから、危ない妖怪の正体はわからないままだ。
不思議なのは、危ない橋を渡っている同級生たちが誰も妖怪の被害にあっていないことである。
「ひょっとして、こっちが気づかなきゃ、妖怪は手出ししてしてこないんじゃないの」
と佐藤に聞くと、
「うん」
と答えた。もっと早く教えろ。オレは靴ひもを川に投げ込んだ。
(了)
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