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【ショートショート】古書の旅

「ススム。おまえ、今日から100円ワゴンをやってみるか」
 父の古書店で値札をつけたり、買い付けてきた本の整理をしたり、郵送のための梱包をしたりといった下働きを続けていたが、ようやく店頭に出られる。
「やるやる」
 とぼくは叫んだ。
 小学校の頃からうちにある白いワゴン。ぼくはさっそく仕入れ値の安い文庫本を選んで、詰め始めた。さすがに安いだけあって、端本が多い。上巻だけとか下巻だけとか、中巻のみ抜けているとか。
 いくら安いといっても、これではなかなか売れない。
 ある程度詰め終わると、ぼくはワゴンを連れて、店の外に出た。この街には同業他社がたくさんある。
「中村古書店に『千年殺人』の下巻があるようです」
 と父が魔改造したロボットワゴンが情報をくれた。
「そりゃいいや。90年代の推理小説だけど、この作者には根強いファンがいるからね」
 ワゴンは自走式である。ぼくのあとを追ってくる。
 中村古書店の100円ワゴンには、たしかに『千年殺人』の下巻があった。状態は、中の上といったところか。
 100円で買って、100円で売っては利が出ないけど、この場合仕方がない。
 と思っていたら、ワゴン同士、なにごとか話し合っていたらしい。
「中村古書店では『エステシャンのミラクル転生戦士の皆さんを癒やします』の三巻が欠けているそうです」
 なんてことだ、うちには三巻だけがある。ワゴンのおかげで物々交換できた。
「さあ、次に行きましょう」
 とワゴンが言った。

(了)

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