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【ショートショート】リクエスト

 かつてITをイットと読んで失笑を買った政治家がいた。私は笑えない。私もイットと読んでいたのだ。
 目の前の髭面の男を前にそんなことを思い出した。
「絵文字を売りませんか」
 と男は言った。
「絵文字?」
「はい」
「それは絵なのか文字なのか」
「両方なのですが、先生の文字は独特なので、絵は必要ありません」
 私は書道家である。
「なにを書けばいいのだ」
「自由に書いていただいていいのですが、こちらから候補を出すこともできます。ごくふつうの挨拶です。おはようとかおやすみとか、さんきゅとかごちですとかはやく帰れ、いやだ、いまどこ、あててごらん、バカ、バカというやつがバカなんだ、みちくさ中、溝に落ちた、さむい、たすけて」
「止まれ」
 男はぴたっと黙った。
「適当に喋っておるだろ」
「はい。適当に書いていただきたいのです」
「私は和紙に書いて渡すだけだぞ。いいな」
 適当ぶりが人気になり、孫が喜んでくれた。私もうれしい。
「じいちゃん、スマホのアプリにぼくも追加してよ」
「すまんな。私はスマホを持っておらんのだ」

(了)

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