見出し画像

【ショートショート】同棲

 デートの帰り、
「家でコーヒーでも飲んでいく?」
 と彼女が言った。
 オレはちょっと緊張した。
「いいのかな」
「遠慮しないで」
「じゃあ」
 二階建ての瀟洒な一軒家。
 玄関を開けると、いきなり行き止まり。
 どどどど、と四方から水がなだれ落ちてくる。あっと言う間に腰まで水に浸かった。
「えっえっ」
 とオレが戸惑っていると、
「これ貸してあげる」
 と言って、彼女は棚から空気タンクを取り出した。
 オレはあわててタンクを背負い、マスクを口に装着する。
 水が天井まで満ちると、奥の壁がゆっくりと下がってきた。その先には踊り場があり、左側にはドアと正面には階段がある。
 彼女は階段を指さした。あとをついていくと、二階の奥の部屋に通された。さきほどと同じような前室があり、水位が下がっていく。
 オレはマスクを外し、扉をあけて、洋間に入った。
 彼女は冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。
「召し上がれ」
「ありがとう」
 コーヒーに口をつけてから聞いた。
「空気があるのはこの部屋だけ?」
「そうだよ」
「君が両生類だったなんてなあ」
「両生類は嫌い?」
「いや、そんなことはない」
「じゃあ、手術を受けて。じゃないと、一緒に暮らせない」
 オレは貯金をはたいてエラ呼吸の手術を受け、彼女と同棲するために水陸両用マンションに引っ越した。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。