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【ショートショート】赤い道

 急にエンジンの出力が弱まった。オレは驚いてクルマを路肩につけた。
「おい、なにしているんだよ」
 と後部座席のお客さんがいう。
「ガス欠みたいなんですが、いや、そんなはずは」
 オレが青くなっていると、
「もういい」
 といって、お客はSuicaでここまでの料金を支払い、下りてしまった。
 タクシー運転手になって三十年、こんな不可解な現象に遭遇したことはない。オレは今朝の仲間たちの憂鬱そうな顔を思い出した。そういえば、Zoomで重大事項の通達があったんだよな。ネットとかニュースに関心のないオレは気楽にスルーしてしまったが、なにか大変なことが起きているのかもしれない。
 念のためと思って、もう一度エンジンをかけると、ふつうに動く。
 はっと気づいて、計算機の残額を調べる。たった580円しかない。朝から五人もお客さんを乗せたというのに。どうなっているんだ。
 クルマを走らせてみると、チャリンチャリンと音をたてるように小銭が引かれていく。あっと言う間に残額はゼロに近くなった。
 なにごとが起きているのだ。
 オレは本社に電話した。
「ええーっ」
 と本社の総務は驚きの声を出した。
「あれだけ何度も通達したじゃないですか。岩田さん、なにも聞いてなかったんですか」
「すまん」
「今日からすべての道路が有料になったんですよ」
「嘘だろ」
「ホントですよ。道路の周りの家とかマンションが通行料を徴収できるようになったんです。いまはなんでもネットで自動決済できますからね」
「マジか」
「決済画面を出して、タクシー料金に道路通行料をプラスする設定にしてください。そうしないと、走っただけマイナスになってしまいます。それから、通行料金は徴収する側が勝手に設定できますから、悪質なやつもいます。通常は一軒につき一円程度ですが、百円なんて家もなくはないですからね」
「そんなの、わからねえよ」
「情報収集してカーナビに反映しています」
「ちょっと待ってくれ」
 オレはふだん利用しないカーナビをオンにした。たしかに道路が薄いピンクや真っ赤に色づけされている。
「赤い道はなるべく避けてください。悪質通行料が横行していますから」
「これ、クルマだけ?」
「いえ、歩くのにもお金がかかかります」
 いやな世の中だなあ。
 と思ったが帰宅して妻に聞いてみると、通行料を百円に設定していた。なんのことはない、ウチが悪質徴収者だったのだ。
「この道、スーパーに通じているからけっこう稼げるのよ」
「そういう問題じゃない」
 オレはあわてて通行料を一円に再設定にした。

(了)

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