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【ショートショート】かたい蓋

 バスの中である。隣の小柄な女性に声をかけられた。
「お願いがあるんですが」
「なんでしょう」
「ペットボトルの蓋をあけてもらえないでしょうか。力が弱いせいか、どうにもならなくて」
 私はペットボトルを受け取った。
 よくある銘柄のアイスコーヒー。蓋は黒色。
「これ、おいしいですよね」
 と声をかけながら、ぐっと手に力を入れた。
「あれ。硬いな」
「やっぱりそうですか」
 私は蓋に輪ゴムを巻いて、滑りにくくした状態で力を込めた。蓋はまだ開かない。
「どれ、貸してごらんなさい」
 前の席から声がかかった。がたいのいい男性が手を出している。
 黒いペットボトルはバスの客席を一周して戻ってきた。
「こりゃダメだ」
 全員の意見が一致する。
 造形の仕事をしているという男性がペットボトルを手に取り、よく観察した。
「これ、本体と蓋の間につなぎ目がないなあ」
 一体成型ということだろうか。
「どこで手に入れたんだい」
「父の遺品なんです。ゴミとして出すには蓋をとって、中身を洗わないといけないから、ずっと置いてあるんです」
 バスは終点に到着し、運転手がやってきた。
「貸してみな」
 彼は蓋の下のあたりをやさしく撫でた。
「よしよし。怖かったねえ」
 ペットボトルは運転手に身をすり寄せた。
「こいつはよく躾けられている。ペットだよ」
 女性は目を見開いている。
「父が飼っていたということですか」
「そうだよ。大事にしてやりな」

(了)

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