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【ショートショート】出血

 人が倒れており、体の下に赤い液体が広がっていれば、誰だってどきっとする。
 すぐに人だかりができた。
 何人かの若者が近づいていき、
「おい、大丈夫か」
 と声をかけた。
「あれっ」
「どうした」
「ケチャップの匂いがしないか?」
「するな」
「こいつめ。悪ふざけしやがって」
 気の短そうなドレッドヘアの男が、倒れている男を蹴った。
 男は仰向けになった。
 顔色は蒼白で、辛うじて胸が上下しているのがわかる。
 救急車がやってきた。
「これ、ケチャップですよ」
 というと、救急隊員は嫌そうな顔をしたが、男の手を取り、脈拍をはかった。すぐにストレッチャーに乗せ、救急病院へ向かう。
 男は腹を刺されていた。流れ出ているのはたしかにケチャップだが、血管のなかを流れているのもまたケチャップだった。
 医者は苦悩した。彼はケチャップに詳しくなかった。市販のケチャップを入れていいものかどうか判断がつかない。
 連絡先が判明し、ただちに会社の同僚や両親が駆けつけてきた。
「ベルモンテでお願いします。それ以外のケチャップは受け付けません!」
 あわてて看護師がスーパーに買い物に行き、ベルモンテのトマトケチャップの山ができた。緊急処置が行われた結果、男は一命を取り留めた。
「われわれはケチャップ一族の者です。このことはどうか口外しないでいただきたい」
「わかりました」
 と中濃ソース一族である医者はうなずいた。

(了)

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