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【ショートショート】ゴミ箱のなか

 私にとって、父の部屋にある特大ゴミ箱は恐怖の対象でしかなかった。
「だだをこねるとゴミ箱に捨てるぞ」
 というのが、父の口癖だったからだ。
「お父さんの部屋のゴミ箱は、底なしなのよ」
 輪をかけて怖いことを言って、母は私を怖がらせた。
 父が亡くなり、私は数十年ぶりに父の書斎に入った。
 机の上には辞書と文房具と原稿用紙があった。父は毎晩ここでなにをしていたのだろう。
 ゴミ箱を覗くと、中は紙屑でいっぱいだった。
 私は紙屑を開いて中身を読んだ。
「猫のたまをゴミ箱に捨てた。」
「米をゴミ箱に捨てた。」
「妻をゴミ箱に捨てた。」
「重要書類をゴミ箱に捨てた。」
「部長をゴミ箱に捨てた。」
「刑事をゴミ箱に捨てた。」
「自動車をゴミ箱に捨てた。」 
「東京タワーをゴミ箱に捨てた。」
 父はなんでもゴミ箱に捨てて、知らん顔をしていたようだ。
 道理で世界がスカスカなはずだ。
 私はゴミ箱のなかに入った。
 紙屑の層を抜けると、すとんと町中に落ちた。
「やっと来たのかい」
 と母が言った。

(了)

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