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【ショートショート】飲んだくれ万歳

 酒にだけは困らない男がいた。
「おーい」
 友だちがボロ屋の戸を引き開けた。
 男はいつものように一升瓶を抱えて、いぎたなく寝ている。
「起きろ起きろ」
「大声を出すな。頭に響く」
 友だちは水瓶からひしゃくで水を汲んでやった。
「ほれ、水を飲め」
 しばらくして男はようやくケバだった畳の上にあぐらをかいた。
「どうしたね、こんな朝早くから」
「早くねーよ。庄屋様がお呼びだ」
 ふたりは田んぼのなかに聳える庄屋の家に到着した。
「やあ。おまえはなかなかいい酒を飲んでおるそうだな」
「へい」
 男は用心深く答える。
「わしも呑んでみたいものだ。すこし分けてもらえんかな」
 男はじっと考え込んでいたが、
「徳利をいただけますか。持って参りましょう」
 と返事をした。
 男の家の裏は山に通じている。険しい山道をたどっていくと、小さな湧き水がある。水にみえて、じつは酒なのだ。
 男はふだん岩で蓋をして、湧き酒を止めている。岩をどけて一升瓶に酒を満たすと、ふたたび蓋をして家に戻った。
 徳利に酒を詰めて届けると、庄屋はたいそう喜び、男に酒の肴を与えた。男は庄屋の家に出入り自由となり、いよいよ機嫌よく酒を飲んだという。その子孫が研究に研究を重ね、酒蔵を開いたのは、この自由奔放なのんだくれの存在なしには考えられない。

 というわけで、第六代目の私としては、多少、酒蔵の酒が減っても気にしないことにしている。御先祖様への供養である。

(了)

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