【ショートショート】和装ブーム

「あなたの会社、まだ和装補助は出ないの」
「もうすぐ出そうだよ。部長も和装通勤を始めたし」
　タケオの妻は買う気満々だ。
「ようやく補助が決まった。家族にも補助がつくぞ」
「さっそく買いましょう」
「買うのはいいけど、着物って簡単に着られるもんかね」
「大丈夫。私、着付け教室に通っているから」
　気が早いことである。
　朝食のあと、タケオは着物を着せてもらって出社する。
「お似合いですわ」
　と部下のキヨミが褒めてくれた。
「ありがとう」
　と返事をするが、気持ちは複雑だ。
　彼女とは不倫関係にある。
　いつもなら木曜日にホテルに行くが、着付けをどうすればよいか。どうにもならない。
　ふたりはホテルのバーで酒を飲み、大人しく別れた。
「おかえりなさい」
「ただいま。なあ、オレも着付け教室に行こうかな」
「あら、どうしたの」
「いつも着付けてもらうのは申し訳ないし、これじゃあ、出張にも行けない」
「じゃあ、私の通っている学校を紹介してあげる」
　不器用なタケオも、なんとか自分で着物を着られるようになった。だが、妻は何歩も先を行っている。
「帯、貸して。今日は流行の結び方をしてあげる」
「えっ」
　和装は複雑だ。いつどんな罠を仕掛けられるやもしれぬ。
　タケオの不倫は自然消滅した。

（了）

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