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【ショートショート】平気な客

 オレの趣味は銭湯を巡ること。今日は初めての銭湯にやってきた。
 身体を洗ってから、一番手前にある湯船に身を浸した。
「ひゃー」
 と声が出そうになる。
 温度計を見た。四十五度。ちょっと高めかも。
 隣に移った。
 四十七度。
「うっ」
 涙がにじむ。
 しかし、じっとしていれば、身体のまわりのお湯が体温で冷やされ、膜になる。
 三分間我慢して、飛び出した。カランから水を出し、ザバザバかぶる。
「ふーっ」
 その隣では、頭のはげ上がったおじいさんが我慢をしている。茹で蛸みたいだ。温度はなんと五十度。
「大丈夫ですか」
「こ」
「はい?」
「声をかけるな。あああ」
 湯が動いて膜が破れたらしい。
 オレはじいさんをタイルの床に引き上げた。水をぶっかける。
 熱湯風呂はまだ続く。その横は六十度という殺人的な温度だが、三十歳くらいの毛深い男が涼しい顔をして身を浸していた。
 オレはおそるおそる、
「熱くないですか」
 と声をかけた。
「ぜんぜん。いい気分でーす」
 と若者は手をふる。
 湯舟に手をつっこんでみると、意外にもぬるかった。
 若い男は立ち上がると、湯舟から出てきた。デカい。まるで全身に毛皮を着ているかのようだ。この姿はどこかで見たことがある。
 雪男だ!
 彼が立ち去った後の湯は、飛びきり熱かった。

(了)

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