【ショートショート】銭湯
からーん。
洗い場の高い天井に風呂桶の音がひびく。
私はちょっと熱めの湯に耐えて、じっと壁の絵を眺めていた。
からからからから。
慌ただしい音がした。風呂桶が子どものあとを追いかけている。
「ぼく! ぼく!」
私は、今しも湯船に飛び込まんとする子どもに声をかけた。
「なに?」
「なに、じゃないよ、身体はちゃんと洗ったのか?」
「あー」
「あーじゃない、よーく体を洗ってから湯船に入りなさい」
子どもはペロッと舌を出し、カランのほうに戻っていった。
風呂桶は子供を見送ってボイラー室への扉をくぐって出ていった。
私は熱い風呂と水風呂を交互に繰り返してさっぱりすると風呂から上がりロビーに出てフルーツ牛乳を飲んだ。
そろそろ仕舞い湯の時間だ。
番台の人が、
「お疲れさまです」
と言い、帰っていった。
代わりに番台に登ったのは、さきほどの風呂桶。この銭湯の経営者である。
もともと風呂桶だったのか、風呂桶に変身したのか知らないが、私が子どもの頃にはすでにいまの姿だった。
「いい湯だったよ。さっぱりした」
と風呂桶に声をかけ、私は靴箱から靴を取り出した。後ろから、
「また来てね」
とくぐもった声が追いかけてきた。
(了)
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