【ショートショート】読書
「ヒマですか」
と聞かれた。
あたりには誰もいない。テーブルの上には読書灯があるきりである。
「ついウトウトした」
と私は答えた。
「ベッドサイドに読みかけの本が三冊あります」
私はソファから立ち上がり、二階の寝室に行ってハードボイルド小説を持って来た。
「『探偵は田園をゆく』ですね。166ページからになります」
「ありがとう」
私はページを繰った。シングルマザーの探偵が行方不明人を探す小説である。台詞がすべて東北弁なのが面白い。
私はすこし声に出して読んだ。
「まだ寝ったのがよ。いつもは坊さんみでえに早起きして、パチンコ屋に並ぶのに」
「作者の深町秋生は山形県南陽市の出身です」
「山形弁なのか」
私はしばらく物語を読み進めた。
疲れて、本を伏せる。
様子を伺っていた読書灯が、
「何ペーシですか」
と聞いてくる。
「233ページまで」
「了解です」
「外で飯食ってくる」
読書灯は自動的に灯りを消した。
夜、ベッドに入ると、枕元に読書灯がやってきた。小さな足が生えていて、移動も可能なのである。
「ただいま22時15分です。読書をなさないますか」
「うん。ただ目が疲れた。朗読してくれ」
読書灯は最後まで『探偵は田園をゆく』を読み切った。私は思いつくままに感想を述べる。
「お気に入りのようですね」
「そうだな。ひさしぶりにハードボイルドを読んだら面白かった」
「マッチングサイトに接続しますか」
「ああ」
三日前に同じ本を読み終えた女の子と通話がつながった。
話は盛り上がった。
後日、ランチでもという流れになった。ハードボイルドは好きだが、あまり冊数を読んでいない。あとで読書灯からレクチャーを受けることにしよう。
メガネを外すと、読書灯は照明を落とした。
(了)
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