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【ショートショート】ベンチの男

「さて、散歩にでもいこうかな」
 と呟くと、床からお散歩ドローンが浮上した。細長いディスプレイがついている。このマンションを起点に歩いた距離をリアルタイムに表示するのだ。
 扉が自動的に開く。私はシューズを履いて、マンションの外に出た。ドローンが私を先導していく。
 歩道の脇には大きな街路樹が並んでおり、心地よい微風が緑の葉を揺らしている。
 途中から小道にそれた。すこし歩いたところに小さな公園がある。
 ドローンのウインドウに「排泄」の文字が浮かびあがる。そういえば、今朝は珈琲を二杯飲んだのだった。
 私はトイレに入って用を足した。
 折り返しの広い公園に着いた。犬を遊ばせている人たちがたくさんいる。
 彼らは犬をコントロールしているが、私はドローンにコントロールされている。
「やあ、ゴトウさん、おはようございます」
 私はウインドウに表示された文字を読む。よく見かける顔が近くにある。
「おはようございます。サイトウさん、お元気そうでなにより」
 向こうも挨拶を返してくる。
「お孫さんが高台小学校に入学されたそうですな。いい学校ですよ」
 と私は言葉を続ける。ドローン同士で情報を交換しているのだ。
「ありがとうございます。カズトは毎日、楽しそうに登校してしていますよ」
「それはなにより」
 一仕事終えた気分になって、私はベンチで休む。
 ハトの群れがこぜわしく動いている様子を眺めていたら、突然、ドローンが緊急音を発した。ハトたちは手品のように消え失せる。
 改造拳銃をもった反機械派の連中がそこら中のドローンを破壊して回っている。私のドローンも破壊された。
 自宅に戻ろうにも、私ひとりでは、ルートがわからない。乱暴な連中のひとりが、
「じいさん、機械にばかり頼ってたらボケちまうぜ」
 と言った。じいさんというのが自分のことであるのを理解するのに時間がかかった。なにか言い返してやろうと思ったが、言葉が出てこない。
 こういうのは定期的にあることだ。
 待っていれば、そのうち誰かが私をマンションまで連れ帰ってくれるだろう。
「なあ、そうだろう」
 私は戻ってきたハトたちに話しかけた。

(了)

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