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【ショートショート】ぬか漬け

 田中は腕まくりすると、プラスチック容器の蓋を開けた。
 ここは、日本の宇宙ステーション「ヒノマル」のなかのキッチンスペースだ。
 容器の横には、農園モジュールから摘み取ってきたばかりのきゅうりがある。田中はプラスチック容器の中から、くったりしたきゅうりを取り出すと、ぬかを素手でかき回し、新しいきゅうりを埋め込んだ。
 ぬか汁の具合を見て、まだ大丈夫と判断し、容器を蓋を閉める。
 きゅうりをまな板の上に置き、包丁でとんとんと輪切りにしていく。
 田中は料理人ではないが、ぬか漬けが趣味なのだ。宇宙ステーションに持ち込む私物の重量は厳しく制限されているが、田中はこっそりとぬか床を持ち込んだのだった。
 同僚たちは、毎日、新鮮なぬか漬けが食べられるのを楽しみにしている。
 いや、同僚だけでなく、遠来の客も。
 たとえば、先日はイタリアの宇宙ステーションから、研究員が交流にやってきた。田中は、きゅうりのぬか漬けでもてなす。
 イタリアの研究員はきゅうりのぬか漬けがいたく気に入ったらしく、
「これはトマトでも可能か?」
 と聞いてきた。
 トマトのぬか漬けは試したことがなかったが、田中はぬか漬け万能説を信じている。
「もちろんだとも」
 と答えた。
 イタリアの研究者は次の機会にボックス一杯のトマトを運んできた。
 田中は、トマトを半分に切り、表面にぷつぷつと穴を開けて、ぬか床にしまった。
 トマトのぬか漬けを食べた研究者は「ブラヴォー」と叫んだ。
「あなたは天才料理人だ」
「いや、料理はできないんだが」
 研究者は首を傾げた。
 田中はぬか漬けのことを伝えた。
 ぬか漬けは瞬く間に各国の宇宙ステーションに広がり、一年もたたないうちに、国際宇宙ステーションにまで装備された。

(了)

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