見出し画像

【ショートショート】ジャンク日和

 私は山の中に住んでいる。まわりには誰も住んでいないし、店もない。こんなところにいると、ときどき、無性にジャンクなものが食べたくなる。
 たとえば、牛丼。
 たとえば、天丼。
 たとえば、カツ丼。
 丼が多いな。
 ハンバーガーもいいな。
 町までおりていけば、松屋も吉野家もかつやもマクドナルドもあるのだが、なにせ遠い。
 それに、私たちが行っても売ってくれるかどうかわからない。
 私は仕方なく、人間の夫に頼む。
「今日は牛丼が食べたい」
 夫はまたかという表情でため息をつく。
「どうせ行くならみんなにも声をかけとくか」
 天狗は天丼、木霊こだまは月見ハンバーガー、山姥やまんばはカツ丼、一つ目小僧はCoCo壱番屋のハンバーグカレーが食べたいと言った。
三辛さんからでお願い」
「なぜみんな注文がバラバラなんだ」
 文句を言いつつ、夫はずた袋を背負い、山道を駆け下りていった。
 私たち妖怪は論外だが、夫の姿もかなり異様なものである。獣の皮で作った服はいまの季節には暑いだろう。その姿で坂道を疾駆するのだから大変だ。
 夫はスマホを持っているので、すべての店に予約を入れている。こうしておけば、販売拒否にあう可能性も低い。
 夫が街中を駆け回りっている姿を天狗様が透視した。
「いま、吉野家では牛丼の大盛りを五つ購入したぞ」
 多いと思われるかもしれないが、ダイダラボッチである私にはこれでも最低限の分量だ。
 次々にテイクアウト商品をずた袋に放り込み、夫は休む間もなく山に向かう。急勾配を駆けるのはキツい。
「おかえりー」
 夫はごろりと地面に寝転んだ。さすがに息が上がっている。半日以上、駆けっぱなしだったのだ。
「冷えてるね」
 なんてことは口が裂けても言ってはならない。ジャンクフードをおいしくいただく。
「あなたはなにを食べるの」
「あ、自分のことは忘れてた」
「仕方ないわね」
 私は吉野家の牛丼をひとつ分けてあげた。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

この記事が参加している募集

私の作品紹介

眠れない夜に

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。