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【ショートショート】クジラ

 毎朝、娘を保育園まで送っていくのはオレの役目だ。
「忘れ物ないか」
「うん」
 オレたちは玄関を出た。すると、路地の宙空、高さ二メートルあたりを小さなクジラが漂っていた。
「あ、お父さん、クジラだよ」
「そうだな」
「クジひきたい」
 オレは時計を見て余裕をたしかめると、娘をだっこした。彼女はクジラの白い腹のあたりをつつく。すると、小さな穴から六角形の細長い棒が出てきた。
「とれたよー」
 オレは娘を地面におろす。
「クジラさん、ありがとう」
 クジを握りしめた娘を保育園につれていき、年長組に預けた。
 夕方、娘を迎えにいった妻からメッセージが届いた。ふたりで町内会の詰め所に行ったのだろう。
「クジ、当たったよー。家族で熱海一泊旅行だって」
「すごい」
 オレは思わず声が出た。それまでもクッキーセットとかレゴの恐竜とかわりといいものを当てていたが、ここまでのものははじめてだ。
「山下さん、どうかしましたか」
 隣の田原が聞いてくる。
「娘がクジを当てたんだ」
「クジラですか」
「そう。熱海一泊旅行」
「そりゃうらやましい。私なんかテッシュばかりですよ」
「オレもだよ」
 週末にオレたちは熱海温泉に一泊した。バナナワニ園にもクジラがたくさん浮遊していた。クジはひとり一日一本ずつと決まっている。
 オレたちは家族三人で三本のくじを引いた。
 オレはたこ焼き器、妻は煎餅の詰め合わせセット、娘はハワイ往復旅行を当てた。
「この子は生まれつき、なにかを持っているんじゃないか」
「そうね。こんなくじ運、見たことない」
「オレは一週間も会社を休めないから、ハワイはふたりで行っておいでよ」
「そうするわ」
 娘がハワイでなにを当てたかは言わないでおこう。嫉妬のあまり、どんな反応が返ってくるかしれたもんじゃない。

(了)

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