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【ショートショート】幻覚社会

 街中を歩いていたら、同僚が街中華を指差して、
「この店、前はなんだっけ」
 と言った。店舗がよく入れ替わる場所なのである。
「飲食だったね」
「ラーメンじゃなかった?」
「違うな。カレーだ」
「それだっ」
「じゃ、その前は」
「そんなところまで覚えているものか」
「ふふ。その前がラーメン屋だったんだよ」
「すごい記憶力だな」
「じつは治験薬を飲んでいてね」
 私は記憶剤のことを話した。記憶剤を飲むと、急激に記憶が深くなる。頭に刻み込んだ記憶は、瞑想法ですぐに取り出すことができる。この薬が普及すれば、世の中はずいぶん変わってくるに違いない。
 私は店の前に立ち止まってちょっと瞑想した。たちどころにフレンチラーメンの店が復活する。
 さらに深く記憶を掘っていくと、オマール海老をメインにしたシュリンプラーメンが目の前にあらわれ、味覚中枢が刺激される。味を思い出した。
 細麺で、味は濃いめ。小さなガーリックトーストが載っているのがオシャレだった。
 頭の中で海老ラーメンを味わい、満腹感を覚える。
 店に入りかけた同僚に声をかける。
「おなかいっぱいになっちゃった。オレ、会社に戻るわ」

(了)

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