【ショートショート】人気のベンチ

　五月。
　暑くもなく寒くもないいい季節である。
　私はお弁当を作って、近くの公園にいく。あまり整備がよろしくなく木が茂り放題だが、真ん中に緑色に濁った池がある。
　水面にいくつか岩が突き出ていて、その上で亀が日光浴をしている。
　私が勝手に「クサ吉」と名づけて愛でているクサガメは、右端の岩の上にいることが多い。
　その手前のベンチはなかなかの激戦区だ。私のほかにもクサ吉の愛好者は多い。
　今日も老夫妻がベンチを占拠して、ニコニコしながらクサ吉を眺めている。
　私は池の縁をぐるりと一周した。
　老夫妻の姿は消え、暇そうな中年男性がだらっと足を延ばしてベンチに座っている。しまったなあ。
　私はスマホを取り出し、クサ吉の写真を撮りはじめた。
　ふとベンチを見ると、男は寝入っている。
　こりゃダメだな。
　私はふたつ離れたベンチに座り、弁当を使った。この位置からでは梅の木が邪魔でクサ吉が見えない。
　弁当の味が何段か下がった気分だ。
　夕方、買い物帰りに公園に寄ると、人気のベンチが空いていた。よしっ。
　私は気負い込んで座ったが、岩の上にクサ吉の姿はない。
　手持ち無沙汰なまま十数分我慢すると、クサ吉が姿を見せた。
　おっ。
　私がスマホを向けると、クサ吉は空に向けて首を上げ、大あくびをしてくれた。

（了）

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