【ショートショート】パン二斤
帰り道。健康のため、ひとつ手前の駅で下車して、歩くことにした。
私の家の最寄り駅はあまり商店街が発達していない。ひとつ手前の駅周辺にはたくさんの店があって、見て歩くのが楽しい。
今日は「山の恵み」というパン専門店を発見した。
かねてから疑問だったのは、食パンと高級食パンの違いである。なにが違うのだろうか。
薄切りにして袋に詰めてあるタイプではなく、一本単位で買うのが高級なのかな。
一本、九百二十円。たしかに高級だ。
試しに一本買ってみることにした。短いものは一斤、長いものは二斤だそうである。どうせならと思って二斤買った。
帰宅してちょっとつまんでみる。
おいしい。
バターの風味。もっちり感。かすかな甘み。ちぎっては食べ、ちぎっては食べ、気がついたら、二斤が消えていた。
いったいどのくらいのカロリーがあったのだろう。まあ、済んでしまったことは仕方がない。
次の日、私はまた「山の恵み」の前に立っていた。昨日の今日である。まずい。いや、あんな暴食をしなければいいのか。経済的にはどうなのか。いろいろ迷ったが、結局、また二斤買ってしまった。
結果はいうまでもないだろう。
高級食パンというのは、常習性のある、なにかヤバい材料でも入っているのではないか。痩せようと思って歩く距離を伸ばした結果、私はどんどん太っていった。
さらに歩く距離を伸ばした。会社から徒歩で帰宅する。自宅まで二時間かかる。五時に会社を出ると、ちょうど「山の恵み」が閉店する頃に店の前を通りかかる。
私はカロリー節制のため、昼食を抜くことに決めた。そこまでして食いたくなってしまうのが、高級食パンの恐ろしさだ。
食い過ぎと栄養の偏りが祟って、私は倒れてしまった。しばらく入院し、退院してきたときには、「山の恵み」はすでに閉店していた。常連の体がもたなかったかな。
入院のおかげで、私は高級パン中毒から抜け出した。
その後、別のパン専門店「天の恵み」を発見した。こちらはもっと強烈そうだ。いつも行列ができている。並んでいる人たちをみると、高級食パンのように体が膨らみ、不健康そうな血色をしている。
(了)
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