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【ショートショート】冷たい家

 隣の空き地にコンクリート造りの立派な家が建った。
 表札をみると「氷室」と書いてある。
 いつの間に引っ越しがあったのか、ある夜、ピンポーンとチャイムが鳴った。
 玄関をあけると、白いワンピースを着た女性が、
「氷室と申します。隣に越してきました。よろしくお願いします」
 と言って、挨拶の品をくれた。上物の氷菓子だ。
 三人家族といっていたが、昼日中に氷室家の人々の姿を見ることはなかった。
 ガレージのなかにある冷凍車でご主人が毎晩どこかに出かけていく。
 しばらくたって、氷室家にお呼ばれすることになった。
 玄関で防寒着一式を渡された。
「うちは零下二十五度に設定してありまして」
 と幸介さんは言った。
「一般の方には少々キツいでしょう」
 リビングのソファで私はうなずいた。
「玄関に入ったとき、凍るかと思いました」
 幸介さんは冷凍倉庫を経営しており、毎晩出かけているのはその監督仕事なのだとか。
「私ども、遠い昔には、さまよえる氷の民と呼ばれておりまして、とても日本には住めなかったのですが、最近は技術の進化で世界中どこにでも行けるようになりました」
 この家は、液体窒素を循環させて低温を実現しているという。
「液体窒素も値上がりばかりで、少々生活がキツいのですがね」
 と幸介さんが愚痴る。
「ウチも同じ。電気代が痛いです」
 常温族も冷凍族も、そろって生きづらい世の中。
 私たちはため息をついた。

(了)

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