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【ショートショート】靴と靴べら

「ハンカチは」
「ある」
「靴べらは」
「忘れた」
 いつものような朝の光景。
 オレは靴を履き、ポケットにミニ靴べらを放り込んで、家を出た。
 ポケットから靴べらを取り出し、駅の自動改札にかざす。
 緑のランプが点った。運よく急行に着席することができ、30分ほどで会社に到着した。
 入館ゲートにも靴べらをかざす。
 赤信号が点った。
 オレは驚いて、靴べらをよく見た。
「あ、オレのじゃない」
 よく似ているが、違う。顔を近づけても認証されず、ディスプレイは暗いままだ。
 間違えて妻のものを持って来てしまったらしい。
 連絡しようとしてミニ靴べらを耳にあてたが、電話アプリが起動しないので意味がない。
 入館ゲートのコールボタンを押して、やってきたガードマンに事情を話した。
「無理に入館しても不便なだけですよ」
 と諭され、上司に館内電話をつないでくれた。
 オレは情けない事情を伝えた。いったん帰宅することになった。靴べらがないのでは、仕事にもなにもなりはしない。
 不意に足元から痛みが伝わってきた。間違えて妻のローシューズを履いている。よくこんなに小さなサイズの靴が足に入ったものだ。
「痛い痛い」
 靴を脱ごうとバタバタしたが、ぴったりくっついていて、どうにもならない。
 オレはしばらくもだえていたが、
「あっ」
 と叫んだ。こういうときこそ出番ではないか。
 靴べらを差し込むと、ローシューズはうそのようにするっと足から外れた。

(了)

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