見出し画像

【ショートショート】火事場の

 あまり働きたくない。
 できれば、一年のうち三ヶ月くらい働いて、残りはのんびり暮らしたい。
 というわけで、高校を卒業してすぐに雨戸になった。雨戸のおもな仕事は風雨から家々を守ること。頑張るのは台風のシーズンのみ。望み通りの就職ができたわけである。
 いまはまだ六月なので、ときどき街をぶらついていれば、誰にも文句を言われない。身体を前にして歩くと通行人の迷惑になるので、真横になって蟹歩きをする。
 なんせオレの身体は平べったくて細くてでかい。
 スマホが鳴った。
 会社からだ。
「おい、武田。いまどこにいる」
「堀内三丁目のコンビニの前ですが」
「よし。すぐに西川さん家に行け。火事だ」
 周囲から救急車のサイレンが迫ってくる。たいへんだ。おれは短い足でえっちらおっちら、西川さんの家に向かって走った。
 類焼を防ぐこと。たしかにこれも雨戸の任務に違いない。
 火事場に到着した。仲間がたくさんいる。
 オレは二階の窓に張りついた。隣の家は全焼間違いなしの勢いで燃えている。ステンレスの頬がひりひりと焼けつく。
「おーいおーい」
 家の中から小さな声が聞こえた。
「誰だ」
「オレだよオレ。三年二組で一緒だった前田だよ」
 一生寝て暮らしたいといって畳になった前田だ。こんなとこにいたのか。
「逃げたほうがいいかな。炎なんかが来た日にゃ、オレはすぐに燃えちまう」
 と心細そうな声を出す。
「大丈夫だ。守ってやるから安心しろ」
 炎なんかに負けてたまるか。
 オレは目をつむってひどい焦熱に耐え続けた。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。