変な話『悪魔の言葉』
幸村隆二は若かった。体格も良く周りからはよく頼られた。真面目で活発で勇気があったが、それを無鉄砲だという者もいた。
隆二はある日、悪友たちに連れられて、町外れの廃ホテルへと行った。そこは何十年も前に廃業し、取り壊される事もなく眠り続けているのだった。その廃ホテルには、噂が絶えなかった。
「夜になると亡霊が彷徨う」
「殺人事件が何件も起きている」
「地獄の門がある」
「悪魔が住み憑いている」
どれも根も葉もない噂であったが、人々はこの不気味な廃ホテルを避けて生活をしていた。ところが、町の若者達にとっては、そうでは無かった。寧ろ、興味の唆る対象であった。
隆二の一行もその類であった。
しかし、多くの場合においてこういった心霊スポットという場所は、ただの古びた場所でしかなく、恐ろしい噂も、そこを拠点としている不良達が一般人を近づけまいと流した噂である。
隆二達も肩透かしを食らった。唯一ヒヤリとした場面は、一番後ろを歩いていた前田が、腐った床板を踏み抜き、盛大に悲鳴を上げたのだが、皆が状況を理解すると腰を抜かした前田の滑稽さに、悲鳴は大笑いへと変わったのだった。
ところが異変は、その晩眠りについた頃に起こった。
隆二の眠る枕元に、大きく重たい影が現れた。心臓をえぐられる程の恐怖が隆二を襲い、耳元では地鳴りのように低くドス黒い唸り声が響いていた。隆二は耐え続けた。ひたすらにただ、耐えていると朝はいつものようにやって来た。陽が昇ればその悪夢は去ったのだ。
それから悪夢は毎晩やってきた。陽が沈み眠りに就くと大きく重たい影が隆二を包み地獄へと引きずり込もうとしているようであった。
日に日に隆二の顔付きも悪くなっていった。
頬はこけ、目の下には深いクマができ、良かった体格も肉が落ち、骨が突き出し見窄らしいモノになった。そして真面目だった人格は、他人を妬むようになってしまった。常に悪態をつき、他人の幸せが気に入らない。
心配した友人達が隆二の家を訪れたのだが、人の優しさが隆二の不満を最高潮にさせ、隆二の怒りの叫びと共に悪魔が現れた。
黒くでかい。重たく焼けるような恐怖心が周りの人々を包んだ。ビリビリと地鳴りのような耳鳴りが響く。
巨大な悪魔が唸りのような言葉を発した。
「ボンバイエ」
「ボオーーンーーーーバーーーーーイエエエエ」
ビリビリと唸りは響き渡り、ガラスを割り、隆二を含めた数人の鼓膜を破った。花壇の花を一輪だけ枯らし悪魔は地獄へと去っていった。
その後、嘘のように平穏は訪れ、その悪魔は「ボンバイエ」と呼ばれるようになったのだった。
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