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8回表のタイムジャンプ【小説:1700字】
初めてのタイムジャンプは社会人2年目の時。24歳だった。
「おっしゃあああ!よく抑えた!」
外野自由席で隣に座る健一が大声で叫んだ。12-11。両軍ファンが阿鼻叫喚の乱打戦。こちらの1点リードで迎えた8回の表。マウンドに上がったのは去年の最優秀中継ぎのジョンソン。
1,2番を内野ゴロに打ち取るも、四球とパスボールで2死2塁。迎え打つのは4番平田。その日の打撃成績は4打席3安打。うち2本塁打と当たりに当たっている。勝利の女神は向こうに微笑みかけているように思えた。
しかし、ジョンソンは魅せた。カウント2-2から自己最速の162km/hを外角低めにズバン。雄叫びをあげるジョンソンを見て、ファンもまた歓喜に沸いた。
しかし一つ、たった一つだけ……重大な勘違いを僕はしていた。
この一連の出来事は全て8回の表ではなく、9回の表に起こったということだ。
まだ続くと思っていた試合はそのままゲームセット。健一は球団歌を大声で気持ちよさそうに歌っていた。
「いつの間に8回終わってた?全然記憶にないんだけど」
球場を出たあと、僕は健一に訊いた。
「いや、実を言うと俺もあまり覚えていないんだ」
2人とも7回までの試合展開は覚えていた。ただ、8回の記憶だけがスッと飛んでしまっているのだ。そして8回だと思い込みながら9回を見ていた、らしい。その晩ニュースを見ても、8回の三振ショーはしっかりと放送されていた。
「昨日も土曜だってのに2人揃って残業だったし、疲れてボケッとしてたのかも」
僕は帰りの電車の時間を調べながら、健一にそう言った。
「いや、これは警告だよ。俺にはわかる」
健一は深刻な顔をしてそう言った。
「警告?」
「俺たちの働き方といい、生き方といい、おかしいぞって。そういう警告」
「なんだそれ、意味わからない」
「俺は本気なんだけど」
健一は「まあいいや」と小声で言うと、球団歌を口ずさみながら駅へと歩き始めた。
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2回目のタイムジャンプは社会人3年目。26歳。
不慮の事故と言うより他ないのだが、定時間際に自分のもとに大量の仕事がなだれ込んで来た。そしてその瞬間に悟った……今日は帰れないと。
時計を見ると21時ちょうど。続々と同僚が帰っていく中、会社に残っていたのは僕ともう1人……健一と入れ替わりで入社した中島という後輩女性だけだった。
「永田さん、いつもなら帰る時間じゃないですか。今日は遅くなりそうですか?」
中島は僕の4つ隣のデスクから声をかけてきた。
「今日は日を跨ぎそうだよ。中島さんは?」
「私は22時にはなんとか帰れそうです」
次の瞬間、時計を見ると1時ちょうどを指していた。中島はデスクにいなかった。僕のPCには完成した資料ファイルが保存されていた。
その日は近くのカプセルホテルで一泊した。翌朝、中島にその晩のことを訊くと中島はこう返した。
「永田さんいつも通り仕事してましたし、私が『お先に失礼します』って言った時も『お疲れ様。気をつけてね』って返してくれましたよ。」
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3回目のタイムジャンプは29歳の時。(いや、もしかしたらタイムジャンプに気付いていなかっただけで、これは3回目ではないのかもしれない。だが、僕の把握している中ではこれが3回目だ)
あの日も仕事が多かったが、なんとか終電前に仕事を片付けた。
ただ、積み重なる疲労で駅まで歩く気力が残っていなかった。
駅までの道にある公園に僕は吸い込まれるようにして入っていき、ベンチに腰をかけた。
そして気がつくと…真っ白な虚無の空間にいた。そして僕の目の前には老人が立っていた。
「永田、覚えてるか?」
その老人には一切見覚えがなかった。
「俺だ。健一だ」
「へ?」
「永田、お前は死んだ」
「そうなのか」
不思議なことに、あまり疑問に思わなかった。過労死だ。きっと、働きすぎたのだろう。
「お前は過労死で死んだと思っているみたいだな。だが、そうじゃない」
そうだ。僕が過労死で死んだとすると説明がつかないことが一つある。なぜ、健一は老人になっているのだ?
まさかと思い、自分の腕を見た。
細く、シミだらけ。青くて太い血管が浮き出ていた。
「俺は生きた。この72年間をしっかりと生きた」
健一は咳払いをしてこう続けた。
「永田、お前は自分の生き方に無関心すぎた。そして人生が、時間が、お前に目をつけたんだ」
END『8回表のタイムジャンプ』
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