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朝のことごと

7
思想断片集
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#批評

朝のことごと 7

朝のことごと 7

 
   己が見ることと、己以外が見ることは、異質なのである。これを己一人の作用であるとしたところに、心身の分離がある。
 しかし心の措定は身体を排除し、己の傲慢と偏見とを生み、また心の物質化という無理難題を招いた。

 私とは何の関係もないし、どう考えてもそいつが悪いのだが、複数人に囲まれて、叱られるというか、詰められている、ある知り合いをみて、胸が縮み上がるような、恐怖を抱いた。
 確かに知り

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朝のことごと 6

朝のことごと 6

 比喩というものが、比喩として機能しているのか多分に怪しいものだと、近頃私は考えているのである。
 事物XYに相関関係αがあるとして、このαを、別の事物を借用して説明したとする。それが仮に事物ABだとしたら、本来事物XYとABに共通する要素は、相関関係αのみであるはずだ。全く異なるとされる事物に、同様の相関関係が成り立つとしなければ、比喩は比喩として働かない。
 しかし、事物XYとABをよくよく観

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朝のことごと 5

朝のことごと 5

 岡潔という人がいる。和歌山の人で、世間では数学者ということになっている。多変数解析関数論というのを主な研究分野として、そのうち世の誰も解決出来なかった「三つの大問題」なるものを、一人で解ききってしまったらしい。私は門外漢だから、業績を聞いたって、その偉大さはよく分からないのだが、面白い随筆と逸話が数々ある人なので、それに触れて、ようやく岡潔の人となりが理解出来るような気がするのである。
 こうい

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朝のことごと 3

朝のことごと 3

 世界が我々の目に見えぬものであると説いたのは、仏陀であり荘子であった。 
 仏陀は、修行を覚悟したとき、一国の王子という地位を捨てて、旅に出た。城門を出でて、生老病死の四苦に出会ったとされる。ただ見るだけではない、世界を、何かしらの手触りをもって、確信したらしい。
 荘子は、世界は混沌としていると言った。世の中には、言葉にならぬものがあると。言葉にならないから、世界は混沌としているのだろう。確か

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朝のことごと 2

朝のことごと 2

 働き蟻は、自分が食べものを採り、巣に持ち帰って、その為に、一族が糊口をしのいでいることを、分かっているのだろうか。
 多分理解していないだろうことは、想像がつくのである。触れれば途端に潰れてしまうような、小さな体だからというわけではない。巣の外へ出て、仲間の出すフェロモンを感じれば、そこへ行き、また感じれば、そこへ行き、感じて、そこに行き、食べものの匂いを嗅げば、そこへ行き、それを掴む。しかし、

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朝のことごと 1

朝のことごと 1

 天地(あめつち)が分かれ、陰陽の別が出来、亦世に光が溢れる、その以前から、世界に朝があったかどうか、思いを巡らせてみても、この思いの行き着く先がない。 
 昔、山陰の故郷に帰ったとき、あばらや同然になりかけた爺さまの家で、キジが二羽、つがいで裏庭に憩いしていたところを見た。朝のことである。雄は赤だの青だの派手な色を、複雑微妙なグラデーションに落とし込んで、あっさりとした調子に自分を見せた。雌は一

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