1年前のサービスマンの私へ。

「明日から、仕事ないんだよね。」

 そう言われたのは、アイロン掛けをされたシャツが並ぶ更衣室の中だったのをよく覚えている。
 今日の宴席が終わり、よく分からないランナーズハイのテンションのまま皆でまとまって更衣室に行って、やいのやいのとやかましく話しながら明日のシフトを確認しようとした時、眉尻をこれでもかと下げた責任者に言われた。

 日々の宴席が少しずつなくなっているのは知っていたが、こんな急にぽんっと放り出されるとは思っていなかった。太字で書かれた宴席名、その横に自分の名前を探して会場へ向かうシフト表。始まりから終わりまでたっぷりと労働時間の書かれた紙は、今や大きな×で塗りつくされていた。
「明日から、どれくらいまで仕事ないんですか。」
「分からないよ。とりあえず目途が立つまでかな。」

 目途、めど、メド。
ぱくぱくと口を開いて閉じてを繰り返して、その単語を呟くいた。そもそも、目途ってどういう時にたつのかしら。
 首を傾げて、小腹が空いたと話しながら、ふらりと立ち寄った創作イタリアンのお店で先輩と向かい合う。湯気が出るパスタとハイボール。

「宴席、どれ位たてば出来るようになるんでしょうね。」

「うーん…しばらくは難しいんじゃない?」

 先輩、しばらくってどれ位ですか?
夏かな。オリンピックやるから、夏には戻りますよね。片手でジョッキを持ち上げてハイボールを喉に流し込む。
 

「何とか、なるといいね。」

 チーズの絡まったパスタを幸せそうに啜りながら、先輩が答える。
その先輩とは、もう1年近く会っていない。気が付けば、プラス半年が過ぎていた。


 ホテル業界とは面白いもので、毎日違ったお客様を担当することが面白かった。そんな中、些細なことでもうまく立ち回れたり、満足が行ったサービスが出来たことが嬉しかった。それが突然音もなく終わってしまった。
目途が立てば連絡する、と言われた通知はまだ何も来ない。最後に貰った給与明細を片手に、やるせのない気持ちを抱えて一か月が過ぎた。
 もういらないから、と音もしない空間に放りだされたような気分だった。

 そんなものですか、そんなものでしたか。

 バックヤードで走り回って、表舞台ではにこやかに接客していた、私の価値はそんなものでしたか。
 私たちがいなかったら回らなかったあの宴席は、どこに消えたんだろう。
宴会場で煌びやかに輝いていたシャンデリアと絨毯が脳裏に浮かんで、そしてぱちりと音を立てて消えていった。消えてしまった。このまま自分も消えてしまいたかった。



 しばらくPCに向かっていたためか、首の裏が縮んでいる感じがする。大きく伸びをすると、体のあちこちからぽきりぽきりと軽快な音が聞こえた。
とりあえず今日のタスクは終わったから、明日のスケジュールでも組むかな。左手で手帳を引き寄せて、右手でマウスを操作する。
 ふと、気になって自分が今まで勤めていた勤務先の名前を検索ボックスに入れてみた。Enterを押すと、まず最初に煌びやかなシャンデリアが飾られたロビーの画像が出てくる。サイトのトップページには、一番上に<新型コロナウイルスに関するお知らせ>という文言が追加されていた。
 あれ以来、出勤は出来ていない。宴席を開くことが出来ないからだ。
ぽけらーっとコーヒーを片手に啜りこむと、オンラインツールから先輩の叱咤する声が一人の部屋に響き渡る。

「藤波!ここの決算書のデータ、まとめ終わってないよ!!」

 え、マジすかすいやせん。と片手で頭を描きながら、こんなことを思った。

 1年後の私は、元気に生きてるよ。

#小話 #小説 #ストーリー #ショートショート #実体験 #ホテルマン #配ぜん人 #配膳人 #サービスマン #新米ライター #ライター

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?