見出し画像

リバースメンタリングという取り組み

9月15日の日経新聞で、「資生堂、若手が幹部を指南 AIやトレンド伝授、延べ1000人が参加」というタイトルの記事が掲載されました。若い世代が年配者のメンターとなり、立場を超えて縦割り打破する取り組みということです。

同記事の一部を抜粋してみます。

資生堂の顧客対応部門で約80人の部下を率いる徳永由美さん(55)は7月以降、月に1度、マンツーマンで生成AI(人工知能)などの最新テックの動向のレクチャーを受けるようになった。「先生役」は高級化粧品ブランドのデジタルマーケティングを担当する高沢真穂さん(29)。AIの普及が広告に与える影響や可能性について、問題意識なども伝える。

「本業に生かせるヒントになるのはもちろん、普段は接触が少ない20代社員との対話から得られる刺激が快い」と徳永さんは語る。高沢さんも「異なる部署の先輩と知り合える機会は貴重。ディスカッションを通じ、将来のキャリアの参考にもしたい」と社内での自己実現の意欲を高める。

2人が参加するのは同社の研修制度「リバースメンタリング(RM)」だ。役員や部門長などの幹部と若手がペアを組み、SNS(交流サイト)やデータ活用などの最新のデジタル技術、美容やファッションなどのトレンドを共に学ぶ。

テーマは決めるが、自由な雑談も妨げない。研修成果を人事評価に結びつけず、所属や階層の壁を取り払った絆を増やす。RM制度を担う人財本部の奥沢美砂さんは効果について「日常業務で生まれにくいオープンでフラットな対話だからこそ、双方が視野を広げて成長できる」という。

RMは1990年代後半の米国が発祥だ。ゼネラル・エレクトリック(GE)などが、経営幹部が現場のエンジニアらから、進化の速いIT(情報技術)の知識を教わる仕組みとして採用した。

日本の大手で先行して取り入れたのが資生堂だ。2017年にIT部門から導入し、19年以降は人事部門が所管して全社に広げた。ダイバーシティー(多様性)、新たな働き方などのテーマも含むようになった。

かつての資生堂は日本企業にありがちな「組織の縦割り」「年功序列」が強く、年の離れた社員同士のコミュニケーションは活発とはいえなかった。14年、日本コカ・コーラ出身の魚谷雅彦氏(現会長)が社長に就いた後、グローバル化や外部人材の登用を加速。RMは多様化する組織の絆を強め、立場の異なる社員同士が率直に意見を交わし、イノベーションを生む土台づくりの役割も果たすようになった。

国内の高級ブランド事業部門で副本部長を務める宮崎英樹さん(54)と、事業戦略部門でデータ分析を担当する伊藤純一さん(28)は22年のRMでペアになり、新規事業の計画に挑んだ。「同じ目線に降りてきてくれた宮崎さんの姿は、目指すべきロールモデルになった」と伊藤さん。研修を終えた後も互いに関心を抱いた海外ビジネスの情報を共有するなど、交流が続く。累計で、RMには延べ1千人超が参加した。22年度の参加者のプログラムに対する満足度は5段階評価で、平均4.5と高い。

RMは20年以降、住友化学や三菱マテリアルも導入している。指南を受けるメンティーは社長や役員で、ピラミッド型組織で生じがちな経営と若手の距離を縮める狙いだ。価値観の変化などにも対応する。一方で課題もある。研修であっても若手は年配の社員に遠慮しがちだ。RMでは教えを請う側の中堅・ベテランが謙虚に耳を傾け、若手の知見や発想を引き出すスキルも問われる。

ベテラン社員や先輩社員がメンター(指導や助言をする人)となって、若手社員特に新入社員の仕事やキャリアの相談に乗るメンター制度は普及しています。しかし、若手社員のほうがメンターになるメンター制度は聞き慣れません。同記事によると、米国発祥で行われ始めた取り組みのようです。

少し前から各所で言われている「1on1ミーティング」の、両者の属性が逆バージョンのもの、と言ってもいいかもしれません。たいへん興味深い取り組みだと感じます。

同記事からRMの意義について大きく2つ考えました。ひとつは、「年上に指導する/年上に教える」「年下に指導される/年下から学ぶ」ことに慣れるということです。

年齢が高く社会人経験も長い人のほうが、若手の人より教えるべきものを多く持っていると考えるのが一般的な構図です。しかし、すべての領域においてそうとは限りません。SNSやデータ活用などは、学生時代から自然に使いこなして今に至っている若手世代のほうが年長者の自分より詳しい、などはよくあることです。

また、どんな人であっても万能ではありません。不得意領域や弱み領域の要素があります。自分の手の届かない領域で強みを持ち合わせている人は、年齢に関係なく若手人材にもいるはずです。

私自身も現在、月に1回コーチングを受けていますが、コーチは自分より15歳ぐらい年下の人物です。とても冷静な視点、かつ私にはない視点で、いろいろな意見を打ち返してきます。純粋な「コーチング」というより「ティーチング」の性格もあわせ持つ場で、一方的に教えてもらうことも多いのですが、学びの深い場になっています。

しかしながら、私たちは「年下に指導される/年下から学ぶ」ということにあまり慣れていません。普段いろいろな企業に訪問する機会がありますが、「年下の話に耳を傾ける」「年下にマネジメントされる」ということへの抵抗が、組織活動の発展を妨げている話は、程度差はあれほぼすべての企業に当てはまる印象です。「年下からものを言われるのを嫌う」というのは、人間の本能と言ってもいいと思います。

「年上に指導する/年上に教える」も同様です。年齢は、マネージャーや指導者を務める上で、適任者となることを促すかもしれないひとつの要素に過ぎません。年齢が若い人であっても、それまでの時間の過ごし方で身につけたものが、ある環境下でのマネジメントや指導に有効な何かを持っていれば、マネージャーや指導者の候補となります。

しかしながら、部下や指導を受ける立場となった人が自分より年上の場合、思ったようにものが言えない人がほとんどです。RMがひとつの訓練の場となり、RM以外の場でも年上の人に対して意見を出しやすくなることが期待されます。

そのことが、そもそも普段の組織構造の中で上位者やマネジメント層に対して適切な意見を言えるようになる、年齢以外の多様性も受け入れて活かしていく組織的なコミュニケーション活動に波及していくと思います。

もうひとつは、「ルールにすることで促される」です。

私たちには「ルールにすることで従う」面があります。特は40代以上の人で、トップダウンの組織統治に慣れている人はその傾向が強いでしょう。

「若手から積極的に学べ、交流せよ」とスローガンのように叫ばれるだけでは、「年下からものを言われるのを嫌う」私たちはなかなか動けないものです。「若手から教えてもらう定期的な場をつくるのを、会社方針としてルールとする」と強制力を伴うことで、「ルールなら従わなければならない」となります。

最初は消極的な参加で始まっても、それが有意義な場であれば同記事のように活きた取り組みになっていきます。きっかけが「ルールによる強制力」というのは、有力な方法のひとつです。

そのうえで、1on1ミーティング同様、ルールにさえすればうまくいくというものではありません。年齢の関係から、一般的に取り組まれている上司+部下による1on1ミーティング以上にうまくいきにくい取り組みとも言えます。メンター・メンティー双方に対して、趣旨の丁寧な説明、年上の人に対する指導スキルなど、企業側の十分なサポートも配慮されるとよいと思います。

<まとめ>
年下のメンターを制度化するのもあり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?